第二十八話 初デートです♡
「恋ならしてるが」
その一言を聞いた瞬間。
私は逃げた。
「ッッッ失礼しますッ!!!!!!」
シオンの腕の下をくぐり、廊下を全力疾走。
(無理無理無理無理! 監禁王子から正面告白は聞いてない! いや好かれてる気配はあった! でも言語化されると破壊力が違う!!)
部屋へ戻って扉を閉めても、心臓がうるさい。
好き。
シオンが私を。
(考えるな! 今日は魔法史の復習して寝る!)
――翌日。
「エリナ嬢。今度の休日、僕と出掛けない?」
「行きます!」
即答した。
イヴァンが一度瞬く。
「返事、早いね」
「だってデートですよね?」
「うん。正式に誘ってる」
「行きます!」
(来たーーーー!! 監禁王子とは違う普通の恋愛イベントッッッ!!!!!)
昨日の告白で焼け野原になった脳へ、爽やかな風が吹いた。
イヴァンは予定を勝手に決めない。
行き先も「何がしたい?」と聞いてくれた。
書店。
市場。
甘いもの。
全部私が選んだ。
(これ! これが欲しかったの! 相手が私の人生を再設計しない恋愛!!)
そして休日の朝。
「これは?」
「堅い」
「こっちは?」
「夜会みたい」
「じゃあこれ!」
「さっき却下したでしょう」
「服がない!!」
私は自室で四着目のドレスを脱ぎ散らかし、ミレイユに泣きついた。
「エリナ。あなた今まで何着も持ってたじゃない」
「あるのとデートに着ていけるのは別なの!」
「へえ」
ミレイユがにやにやする。
「楽しみなんだ?」
「楽しみです!」
私は枕を抱えた。
「普通の恋愛が始まるんですよ!? 聞いてから触る! 嫌なら止まる! 予定は本人に決めさせる!」
「……あなたの『普通』のハードル、ずいぶん低くなったわね」
「周囲の男が下げたんです!」
最終的に、淡いクリーム色の外出着に決めた。
派手ではない。
歩きやすい。
市場にも行ける。
(よし。私は今日、王子の付属品ではなく普通の女としてデートする)
そう決意して部屋を出た直後。
「エリナ」
(はい一人目)
白金色の長い髪を揺らして、アルノーが立っていた。
「出掛けるの?」
「はい」
「これ」
差し出されたのは薄い灰青の手袋。
「いりません!」
「まだ何も言ってない」
「手袋でしょう!?」
「今日の服に合う」
「なぜ今日の服を知ってるんですか!?」
「今見た」
(正論!)
押しつけてはこない。
ただ、少し残念そうに手袋を見ている。
「……借りるだけなら」
「うん」
(また餌を!!)
嬉しそうな顔をされて後悔した。
そして階段を降りたところで。
「その服は地味だ」
(はい二人目!!)
鮮やかな赤い短髪。
ディートリヒである。
「今日は歩くのでこれでいいんです!」
「色が足りない。靴も合っていない」
「合ってます!」
「三十分待て。店を呼ぶ」
「呼ぶな!!」
「ドレスなら既に候補が六着ある」
「なぜあるの!?」
「必要になると思った」
(札束で未来予測するな!!)
通りかかった侍女たちが、私の手袋とディートリヒを交互に見た。
「リヴァーシェ殿下のお仕立てでしょう?」
「グランツ殿下まで御自分で……」
「今日はリュシエール殿下とのお出掛けだとか」
(情報統合しないで!!)
私は頭を抱えた。
「私はただデートに行くだけです! 国家行事みたいに扱わないでください!」
逃げるように玄関へ向かう。
そこに。
シオンがいた。
「…………」
「…………」
(三人目)
昨日、私に告白した男。
目が合った瞬間、心臓が昨日の記憶を掘り起こした。
「お、おはようございます」
「ああ」
それだけ。
服に口を出さないし、行き先も聞かないし、イヴァンと行くなとも言わなかった。
(……何も言わないんだ)
少しだけ、変な感じがした。
「では、行ってきます」
「ああ」
横を通り過ぎようとした時。
「エリナ」
呼び止められる。
「手を」
「え?」
「嫌ならいい」
その言い方に、私は左手を差し出した。
シオンがポケットから取り出したのは、小さな黒い石の護符だった。
「護符?」
「簡単な防護魔法が入っている。人混みで怪我をする程度なら防げる」
「…………」
「つけていいか」
「……はい」
細い紐が、私の手首へ回る。
結び目を作るため、シオンの指が脈の位置へ触れた。
「っ」
(そこ! 今めちゃくちゃ脈打ってます! 測定しないで!!)
親指が一瞬だけ手首の内側を押さえる。
体温がそこへ残った。
昨日「好きだ」と言った男の指。
今日、別の男とデートへ行く私の手首。
(状況が情緒に悪い!!)
「嫌なら外せ」
シオンは手を離した。
私は黒い護符を見る。
外せる。
今すぐ。
「……外しませんけど」
口が勝手に言った。
シオンが黙る。
(あ)
(また育てた気がする)
しかも最悪だ。
これからイヴァンとデートなのに。
私はシオンにもらったものを身につけて行く。
(違う! 防具! これは恋愛アクセサリーじゃなくて防御力+1の実用品!!)
玄関の外に、迎えの馬車が見えた。
イヴァンがこちらに気づいて微笑む。
私は手首を隠すでもなく、一歩踏み出した。
その時。
シオンがほんの少し身を屈めた。
耳元に低い声が落ちる。
「楽しんでこい」
「……はい」
そして、吐息が落ちた。
「……必ず、帰ってこい」




