第二十四話 ヤンデレ除外検査をします
「僕にも、君を好きになる許可をくれる?」
その日の夜。
私はベッドの上で枕を抱え、転がっていた。
「許可って何ーーーー!!」
(恋って許可制なの!? いや勝手に惚れられるより百倍いいけど!)
シオンは「必要とされる条件」を聞いてくる。
アルノーは私の使用済み手袋を保存する。
ディートリヒは私の人生の予定表を勝手に作る。
攻略対象への信頼残高は、とっくに赤字である。
だから翌日。
「イヴァン殿下。お茶しませんか」
「喜んで」
私は学院の中庭にあるティーサロンへ、イヴァンを呼び出した。
恋愛のためではない。
検査である。
(名付けて、ヤンデレ防止!! 安全適性検査!!)
白い卓上には紅茶と焼きたてのレモンタルト。
薄い生地はさくっと軽く、レモンクリームは甘酸っぱくて爽やかだった。
「おいしいっ……!」
思わず頬が緩む。
イヴァンも一口食べて、灰銀色の瞳を柔らかく細めた。
「本当だ。これは当たりだね」
幸せそうにもう一口。
(よし。食べ方まで平和。今のところ正常)
「では殿下。質問があります」
「急だね」
「大事な質問です」
私は姿勢を正した。
「好きな女性には毎日会いたいですか?」
「会えれば嬉しいけれど」
イヴァンは紅茶を置く。
「君にも予定があるだろう?」
(一点!!)
「私が他の男性と出掛けたら?」
「楽しんできて欲しいな」
「誰と、どこへ、何時まで、とか聞かないんですか?」
「君が話したいなら聞くよ」
(十点!!)
「私の一日の予定を全部把握したい?」
「どうして?」
「どうして!?」
その疑問が出る時点で百点だよ!
「……私が教えたい時だけ?」
「もちろん」
(満点!! 満点です!!)
私は心の採点表へ巨大な花丸を描いた。
「では結婚したとして」
「うん」
「仕事は辞めろ。家にいろ。危険だから外へ出るな、と言いますか?」
イヴァンがきょとんとした。
「君がしたいことをすればいい」
私は両手で顔を覆った。
(いたーーーー!!)
正常な男。
自由を自由として理解している男。
(ありがとう世界! 攻略対象四人のうち一人くらい人権感覚を搭載していてくれてありがとう!!)
「エリナ嬢?」
「なんでもありません。感動しています」
「僕、何かした?」
「何もしないことが素晴らしいんです!」
イヴァンが吹き出した。
柔らかく笑う。
それを見て、近くの卓の令嬢たちがちらりとこちらを見た。
「リュシエール殿下があんなに笑って……」
「またベルティエ嬢?」
「四王子全員と親しいって、本当なのね」
(違います!! 今は安全性検査中です!!)
最近、私の名前に王子が勝手に紐づいていく。
シオンの庇護。
アルノーの特別制作。
ディートリヒの最高級品。
そこへイヴァンまで追加されたら、もう私の履歴書が王家の家系図になる。
(私は会計とか魔法とかを勉強して卒業したいだけ! 王子スタンプラリーを完走する気はありません!!)
「じゃあ、僕からも質問していい?」
「どうぞ」
「僕が君に触れたい時はどう合図してほしい?」
「え」
突然、空気が変わった。
「……聞いてくれれば」
「聞けばいい?」
「嫌な時は嫌って言いますけど」
「うん。それでいい」
笑顔は同じ。
なのに、なぜか急に心臓が騒がしい。
イヴァンが少し身を乗り出した。
「今、髪に触れていい?」
「…………」
(実地試験来たーーーー!!)
でも。
勝手に触らない。
ちゃんと聞いた。
「……いいです」
「ありがとう」
指が近づく。
頬の横へ落ちていた髪を一房だけすくう。
ゆっくり耳へ掛けられた。
「っ」
指先が耳殻すれすれを通る。
触れていない。
たぶん。
なのに皮膚だけがそこへ全部集まったみたいに熱くなる。
(耳! 耳は聞いてない! いや髪を耳に掛けたら耳の近く通るの当たり前! 落ち着け喪女!!)
「赤いね」
「紅茶が熱かったんです!」
「もう冷めてるみたいだけど」
「今だけ熱かったんです!」
苦しい。
言い訳が苦しい。
イヴァンは追及せず、すぐ手を引いた。
そこがまた良い。
(離れる!! 許可した範囲が終わったら離れる!!)
感動すら覚えた。
「イヴァン殿下みたいな人なら……」
口が先に動いた。
「恋愛してもいいかも」
言ってから固まった。
(待て)
イヴァンも固まった。
(違う違う! 告白じゃない! 商品レビュー! 比較評価!)
「今のは一般論です!」
「僕みたいな人なら?」
「束縛しなくて、私の意思を聞いてくれて、優しい人!」
「なるほど」
イヴァンは笑った。
でも今度の笑顔は、さっきより少しだけ静かだった。
私は知らなかった。
少し離れた場所で、彼の側近らしい男がこちらを見ていたことも。
四王子のうち最後の一人まで、ベルティエ子爵令嬢と二人で茶を飲んでいる――そんな話が、王族付きの人間たちの間でまた一つ増えたことも。
(よし)
(イヴァン殿下、安全認定!)
心の中で判を押す。
この人なら普通に恋愛できるかもしれない。
少なくとも、監禁もしない。
使用済み手袋も集めない。
人生の予定表も作らない。
完璧。
そう思った時。
「最後に一つだけ、僕から逆に質問してもいい?」
「はい?」
今度はイヴァンが私を見る。
灰銀色の瞳がまっすぐ重なった。
彼がほんの少しだけ身を寄せる。
触れてはいない。
逃げ道も塞がれてない。
ただ、近い。
「僕が君に恋をしたら」
吐息が落ちる。
「……君は怖がる?」




