第二十三話 まともな王子様、発見
「……大丈夫か?」
シオンの低い声が、耳のすぐ横へ落ちた。
「い、今すぐどきます!!!!」
私は反射で答えた。
だって今、私の尻が王太子の膝の上にある。
腰には腕。
顔は近い。
馬車は揺れる。
(何この地獄の三点セット!? シートベルトが男の腕なの、設計がおかしい!!)
「馬車がまだ揺れている」
「分かってます! でもこの体勢の方が精神的に危険です!」
「そうか」
シオンはあっさり腕を緩めた。
次の揺れが来る前に、私は向かいの座席へ飛び移る。
「今のは事故ですからね!」
「ああ」
「膝に乗りたかったわけじゃありません!」
「分かっている」
「……本当に?」
「お前は乗りたければ自分から乗るだろう」
「どういう理解をされてるんですか!?」
反論したい。
でも温室で自分から肩を借りた。
雷の夜は胸へくっついた。
さっきだって自分から「一番楽だ」とか言った。
(反論材料がない!!)
私は外套に顔を埋めた。
もう今日は寝よう。
王子のことは考えない。
明日は魔法実技と会計学だけ考えて生きる。
――そう決めた翌日。
「ベルティエ嬢、少しいいかな」
(また男!!)
魔法実技の授業を終え、教本を抱えて中庭を横切っていた時だった。
知らない上級生らしい青年が、私の前へ立つ。
「昨日の夜会で見かけたんだ。少し話を」
「これから図書館へ行くので」
「少しくらいいいだろう?」
「よくないです」
横へ避ける。
また塞がれる。
(既視感!! この学院、女性が断ったら道を開けるって礼法を必修にして!!)
「ベルティエ嬢って、シオン殿下やグランツ殿下と親しいんだろう? 俺も紹介してもらえないかな」
「親しくありませんし紹介もしません!」
最近これだ。
王子たちが勝手に私の周りで何かするせいで、私まで王族への通行証みたいに見られ始めている。
(私は王子様総合受付じゃありません!! お問い合わせ窓口は各国宮殿へどうぞ!!)
「困ってる?」
柔らかな声がした。
青年の向こうに、灰銀色の髪の男が立っていた。
イヴァン・リュシエール。
(四人目!!)
終わった。
ここでまた王子が乱入したら、噂がさらに育つ。
私は心の中で頭を抱えた。
でも。
イヴァンは青年を追い払わなかった。
私の隣へも勝手に来たりしない。
少し離れた場所から、私を見てるだけ。
「エリナ嬢」
「はい」
「君はどうしたい?」
「……え?」
「この人に帰ってほしい? それとも僕は口を出さない方がいい?」
止まった。
(私に聞いた? もしかして優しいひと!?)
「……帰ってほしいです」
「分かった」
イヴァンはそこで初めて青年へ向き直った。
「彼女は帰ってほしいそうだ」
「しかし殿下、私はただ――」
「彼女の返事はもう出てるよ」
声音は穏やか。
笑顔すら柔らかい。
なのに、それ以上食い下がる余地だけ綺麗に消した。
青年は気まずそうに頭を下げ、去っていった。
「…………」
(いる)
感動した。
(いる!! まともな男いた!!)
「大丈夫?」
「はい!」
「図書館へ行くんだったね。腕を貸そうか?」
そうは言っても、いきなりには腕を差し出さない。
まだ差し出さない。
私の返事を待っている。
(うわあああ!! 許可制!! 選択権が私の手元にある!!)
「はい。お願いします」
私が頷いてから、初めてイヴァンの腕が差し出された。
私はそっと手を添える。
近くにいた学生たちがざわめいた。
「リュシエール殿下まで?」
「ベルティエ嬢って……」
「四王子全員と?」
(数えるなーーーー!!)
やめて。
四王子コンプリートみたいに言わないで。
実績解除目指してないから!!!!
私はただ今は図書館へ行きたいだけの女です!
シオンには庇護されてるとか言われ。
アルノーには手袋と指輪で妙な希少価値をつけられ。
ディートリヒには王家御用達の宝石を山ほど積まれ。
そして今、四人目の王子に腕を貸してもらっている。
(違うの! 全部事情があるの! お願いだから私の時価総額を王子の人数で上げないで!!)
でも。
イヴァンはそんな視線を気にする様子もなく、私の歩幅へ合わせてくれる。
速くない。
引っ張らない。
腕へ力を込めない。
嬉しい。
ものすごく嬉しい。
「イヴァン殿下」
「うん?」
「好きです!」
言った瞬間。
イヴァンが止まった。
私も止まった。
(…………あ)
灰銀色の瞳が、ぱち、と瞬く。
「今、何て?」
「違います!!」
「好きって」
「そういうところです!」
「そういうところ?」
「私に聞いてくれるところ! 私を待っていてくれるところ! そういう人間性が好きという意味です!」
(何で王子相手に好感度レビューを口頭提出してるの私!?)
数秒。
イヴァンは黙っていた。
やがて。
「……ああ」
ふっと笑った。
柔らかい。
嬉しそうな笑顔だった。
(よかった。通じた)
そう安心した時。
イヴァンの視線が、私が添えている手へ落ちた。
それから、もう一度私を見る。
「じゃあ」
声音は穏やかなまま。
「僕にも、君を好きになる許可をくれる?」




