第二十二話 王子四人と同じ部屋に入れないでください
「どうすれば毎日俺を頼る?」
「毎日は頼りません!」
即答した。
「私が困った時だけです! 毎日困らせようとか考えないでくださいね!」
「……なるほど」
「今の間は何ですか!?」
ディートリヒは答えなかった。
(怖い怖い。『頼られる条件』を研究課題みたいに持ち帰るな)
そして数日後。
学院主催の大規模夜会で、私は別の意味でもっと怖い状況にいた。
(……王子四人と、同じ部屋に入れないでくださいよぉぉおおお!!!)
黒髪のシオン。
白金色の長い髪を肩へ流したアルノー。
鮮やかな赤い短髪のディートリヒ。
そして遠く、他国の外交官と話している灰銀髪のイヴァン。
攻略対象、全員集合。
(乙女ゲームなら豪華! 当事者には災害!)
しかも私は、結局ディートリヒが選んだ青いドレスを借りて着ていた。
贈られたサファイア二式も靴三足も手袋六組も、全部返した。
必要だったドレスと首飾りだけ、今夜限り借りる。
完璧。
これなら何も問題はない。
「……あの方がベルティエ嬢?」
問題あった。
四国の貴族や随員が集まる広間で、知らない令嬢たちが私を見ている。
「グランツ殿下が御自らドレスを選ばれたとか」
「宝石も大量に贈られたのに、ほとんど返したそうよ」
「王家御用達のサファイアまで?」
「それにリヴァーシェ殿下がお手ずから指輪を修復なさった令嬢でしょう」
「ヴァルディア殿下の庇護下とも聞いたけれど……」
(情報が国境を越えたーーーー!!)
やめて。
私のプロフィールを王子の実績解除一覧みたいに共有しないで。
(私は『領地会計を勉強中』で売り出したいの! 『王子三人がなんか変』で国際デビューしたくない!!)
「エリナ」
「ひゃっ!」
横から白い指が伸びた。
アルノーだった。
白金色の長い髪が礼装の背へさらさら落ちている。
「手袋、見せて」
「今!?」
「ちゃんと使ってる」
嬉しそうに私の手を見る。
「使いますよ。いい手袋なんですから」
「そう」
目元が柔らかくなった。
(その顔やめて。周囲が見てる! 希少な王子の笑顔を私で解禁しないで!)
アルノーが指先の縫い目へ触れようとした、その時。
「リボンがずれている」
反対側からディートリヒ。
「増えた!」
「動くな」
彼は私の肩を軽く回し、背中側のリボンを整える。
腰の少し上へ掌が添えられた。
「姿勢も崩れている」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「俺ではない」
「半分くらいあなたです!」
近くの侍女が息を呑む。
「グランツ殿下が御自分で……」
「ベルティエ嬢は本当に特別なのね」
(特別じゃない! 手袋の点検と着付けの直しを同時に受けてるだけ! 字面にすると余計おかしい!!)
もう無理。
逃げよう。
一歩下がる。
その先に黒髪が見えた。
少し離れた壁際で、シオンがこちらを見ている。
来ない。
私が呼んでいないから。
それだけで、ふっと肩の力が抜けた。
(ああ……話が早い人がいる)
私はアルノーとディートリヒへ「失礼します!」と言って逃げた。
一直線にシオンのところへ行く。
「殿下」
「ああ」
「……もう帰りたい」
「帰ろう」
即答。
「早い!」
「帰りたいんだろう?」
「そうですけど!」
理由も聞かない。
説得もしない。
シオンが係の者へ一言告げると、帰りの馬車がすぐ用意された。
その光景を見ていた他国の随員が、また何か囁いた。
(聞こえない。私はもう聞こえない。今夜だけ耳を閉店します)
馬車へ乗った瞬間、全身から力が抜けた。
「疲れた……」
「ああ」
「殿下たち、全員距離感がおかしいです」
「俺もか」
「あなたは今日は何もしてません」
「そうか」
なぜか少し不満そう。
私は笑う気力もなく、座席へ沈んだ。
馬車が静かに走り出す。
暖かい車内。
規則的な揺れ。
隣には、何も要求してこないシオン。
(……あー、楽だ)
瞼が重くなる。
いつの間にか、頭が彼の肩へ落ちていた。
「エリナ」
「……五分」
「何も言っていない」
「じゃあ五分ください……」
自分でも意味が分からない。
次の揺れで、頭が肩からずるりと下がった。
頬が胸元へ当たる。
硬い。
温かい。
(あー……知ってる場所……)
眠気に負けた私は、そのまま彼へ寄りかかった。
「やっぱり殿下が一番楽……」
言った。
半分寝ていた。
だから、その言葉がどれだけ危険か分かっていなかった。
シオンがしばらく黙る。
やがて肩へ何か温かいものが掛かった。
彼の外套だった。
「寝ろ」
「……はい」
しばらくして目を覚ました私は、自分が完全にシオンへ寄りかかっていることに気づいた。
(またやった!!)
「すみません、離れ――」
その瞬間。
馬車が大きく跳ねた。
「きゃっ!」
身体が横へ滑る。
次に気づいた時には。
私は、シオンの膝の上へ横向きに落ちていた。
「…………」
「…………」
腰へ大きな腕。
片手は座席へ逃げようとした私の身体を支えている。
顔は、数センチ。
(待って待って待って!! 膝! 腰! 顔! 全部近い!!)
離れようと力を入れた瞬間。
腰の腕が、少しだけ強くなった。
シオンの低い声が、すぐそばへ落ちる。
「……大丈夫か?」




