第二十一話 昨日は任せましたが今日は任せませんけど
「これからは、ずっと俺が決めてやる」
その言葉を聞いた時、私は笑って流した。
その翌朝。
「……何ですか、これ」
机の上に、一枚の紙が置かれていた。
いや、一枚じゃない。
三枚ある。
しかも全部、びっしり文字。
起床。
朝食。
魔法史。
領地経営。
昼食。
休憩。
図書館。
夜会準備。
その横には、着る服、食べるもの、休憩時間、会う相手まで細かく書かれている。
「エリナ・ベルティエ行動予定表」
読み上げてから顔を上げる。
目の前には、赤い短髪のディートリヒ。
「…………」
「…………」
「怖っ!!」
朝一番の感想がそれだった。
「昨日、俺に任せると言っただろう」
「ダンスを!!」
「全部任せれば楽とも言った」
「踊ってる時の話です!!」
(なんで一晩で人生の運行表が完成してるの!? 仕事が早いモラハラ怖い!!)
紙をひったくろうとする。
すっ。
上へ逃げた。
「返してください!」
「まだ説明していない」
「説明いりません!」
背伸びする。
届かない。
さらに背伸び。
まだ届かない。
(身長差ぁ!!)
仕方なく私はディートリヒの胸へ片手をつき、身体ごとぐっと寄った。
「返して!」
「近い」
「あなたが返さないから!」
「俺は困っていない」
「私は困ってます!!」
顔が近い。
近すぎる。
赤い髪の下で、ディートリヒが完全に面白がっている。
(くっそ、顔がいい男に物理的高所を取られると腹立つ!!)
しかも胸へついた手の下が硬い。
体温まで伝わる。
(今それ認識するな私!! 予定表を奪え!!)
飛びつくようにもう一度手を伸ばす。
ディートリヒの腕が私の腰へ回った。
「落ちるぞ」
「誰のせいですか!」
支えられたせいで、さらに身体が近づく。
ほとんど胸元へ入り込んでいる。
「離してください!」
「予定表は?」
「それも返してください!」
「欲張りだな」
「元々どっちも私の自由です!」
ようやく予定表を奪い取った。
私は数歩後ろへ退避する。
(危なかった。予定管理から物理的距離まで全部持っていかれるところだった)
改めて紙を見る。
問題は、内容が妙に有能なことだ。
魔法実技の後には三十分休憩。
領地会計の自習時間も確保。
昼食は重すぎないもの。
夜会前には一時間空けてある。
しかも服装欄には、昨日の青いドレス。
装飾欄には、あの首飾り。
さらにその下。
『予備として、サファイア二式、靴三足、夜会用手袋六組』
「待って」
嫌な汗が出る。
「これ、全部何ですか」
「用意した」
「用意した!?」
「必要になる」
「ならない!」
「なる」
「ならせないでください!」
(始まった!! 札束による生活インフラ侵略!!)
聞けば、全部王家御用達。
私の家の年収で殴ってきそうな値段の品ばかり。
「受け取りませんからね!」
「なぜだ」
「高価すぎます!」
「君に合うものを選んだだけだ」
「そこが怖いんです!」
ちょうど廊下を通った令嬢二人が、机上の箱を見て足を止めた。
「……あれ、グランツ王家御用達の宝飾店の紋章では?」
「まさか、全部ベルティエ嬢に?」
ひそひそ声。
(聞こえてる!!)
「違います! 返します!」
思わずそちらへ言う。
二人が余計に驚いた。
「返すの?」
「あのサファイアを?」
(その反応やめて! 価値を具体化しないで!)
昨日まで私は「シオン殿下の庇護下らしい」とか「アルノー殿下が自ら指輪を直した」とか言われていた。
そこへ今度は、
『ディートリヒ殿下から最高級品を贈られても断る女』
まで追加されそうになっている。
(いらないいらない! 私は会計と魔法を勉強して平穏に卒業したい女です! 勝手に市場価値を上場させないで!!)
私は予定表をびしっとディートリヒへ突き返した。
「いいですか。昨日は任せましたが、今日は任せません!」
「なぜだ」
「昨日はダンスで困ってたからです!」
「今日は困っていない?」
「困ってません!」
「では、困った時は?」
私は詰まった。
そこは。
正直。
助かる。
服選びも。
礼法も。
ダンスも。
この人へ任せると、悔しいくらいうまくいく。
「……私が頼った時だけ」
「だけ?」
「その時だけ助けてください!」
ディートリヒが黙った。
「私が『分からない』とか『選んで』とか言った時だけです。勝手に全部決めるのは禁止!」
「その時は?」
「……その時は」
私は小さく息を吐いた。
「ちゃんと頼ります」
言った瞬間。
(あ)
また警報が鳴った。
ディートリヒの目から、からかう色が消えた。
「なるほど」
「何がですか」
「条件は分かった」
(何の条件!?)
彼が一歩近づく。
今度は私が一歩下がった。
でも、その顔は妙に真剣だった。
「なら」
「どうすれば毎日俺を頼ってくれるんだ?」




