第十九話 ドレスを選んでください
「服も俺が選ぶ」
昨日そう宣言された時、私は即座に断った。
「結構です! 自分で選べます!」
――選べませんでした。
翌日の午後。
魔法理論の授業を終えた私は、宿舎のベッドに三着のドレスを並べて頭を抱えていた。
「分からん……」
紺は真面目すぎる。
桃色は可愛すぎる。
薄緑は顔色が死ぬ。
次の夜会は外交昼餐会より格式が高い。
派手すぎても駄目。
地味すぎても失礼。
(服って難しすぎない!? 会計なら数字が合えば正解なのに! ドレスには答えがない! 魔法陣より難解!)
ノアも一緒に悩んでくれたけれど、結論は出なかった。
そして私は、絶対にやりたくなかったことをやった。
「……殿下」
「何だ」
放課後、ディートリヒを捕まえた。
鮮やかな赤い短髪。
今日も制服なのに「私は高価です」と全身が主張している。
「昨日の話なんですけど」
「ああ。服だな」
勝ち誇るな。
「選ぶだけですからね! 買わなくていいですし、勝手に贈らないでください!」
「分かった」
「本当に?」
「選べばいいんだろう」
私は覚悟を決めた。
「……あなたなら、どれがいいと思います?」
言った瞬間。
ディートリヒの目が変わった。
(あ)
(今、選択権を渡した?)
しまったと思った時には遅かった。
一時間後。
私は学院に出入りする王族御用達の仕立屋、その試着室にいた。
「なんで店ごと呼んだんですか!?」
「時間が惜しい」
「金持ちの時間短縮が豪快!」
壁にはいつの間にか高級そうなドレスがずらり。
箱には靴。
卓上には宝石。
(増えてる増えてる! 私は一着選んでって言っただけ! 札束で殴るモラハラが準備運動を始めてる!)
「これだ」
ディートリヒが迷いなく選んだのは、深い青のドレスだった。
夜空みたいな色。
胸元には細い銀糸。
動くたび、裾に散った小さな刺繍が星のように光る。
「……綺麗」
「着ろ」
「命令形!」
侍女たちに手伝われて着替える。
鏡の前に立った瞬間、私は黙った。
「…………え」
別人みたいだった。
青が肌を白く見せる。
腰の線はすっきり。
派手ではないのに、いつもよりずっと華やか。
(私、ちゃんと令嬢に見える……! いや令嬢なんだけど!)
思わず鏡へ近づく。
「すごい……」
ディートリヒが後ろから私を見る。
「まだだ」
「まだ?」
「首元が空いている」
次に選ばれたのは、小粒の青い石を連ねた銀の首飾りだった。
「これ絶対高いですよね?」
「値段を気にする必要はない」
「私はあります!」
「今は選べと言ったのは君だ」
「ぐっ」
正論で札束を振り回すな。
「ちなみに残りは持ち帰ってくださいね」
「置いていっても構わない」
「構います! 物量で私の部屋を占領するな!」
私は首飾りだけは借りる、という条件を五回確認した。
侍女が留めようとした、その時。
「貸せ」
ディートリヒが受け取った。
(なぜ!?)
彼が私の背後へ立つ。
鏡の中に、青いドレスの私と、赤髪の彼が並んだ。
「髪を上げる」
「じ、自分で――」
言い終わる前に、長い指が私の髪を片側へ払った。
うなじが露出する。
(ひゃあああ! 首! 首を出されると急に防御力ゼロになる!!)
背後に男の熱。
冷たい金具が首筋へ触れる。
その直後、ディートリヒの指先がうなじを掠めた。
「っ」
「動くな」
「それ、殿下たちの共通台詞なんですか!?」
「留めにくい」
かちり。
金具が留まる。
でも、彼はすぐには離れなかった。
鏡越しに目が合う。
近い。
背中へ体温を感じるくらい近い。
(教師役の顔が良すぎるんだって!! なんで着付け指導で心拍数まで採点されそうなの!?)
「見ろ」
促されて、鏡を見る。
そして。
また言葉を失った。
首飾りが加わっただけなのに、全部が繋がって見えた。
青いドレス。
銀の光。
髪。
肌。
私じゃないみたい。
いや。
ちゃんと私なのに。
今まで知らなかった私だった。
「……殿下に選んでもらうと」
嬉しくて、自然に笑った。
「私まで美人になったみたいです」
ディートリヒの目が細くなる。
「違う」
「え?」
「元から美しい」
あまりに迷いなく言われて、心臓が跳ねた。
「俺が正しく見せているだけだ」
(刺さったーーーー!!)
何それ。
褒め方が強い。
私に何かを足したんじゃなく、元からあったものを見つけたみたいに言うな。
「……ずるいですね」
「何が」
「殿下、こういうの上手すぎます」
鏡の中の自分が本当に綺麗で、悔しいけど嬉しい。
「あなたが選ぶと、一番よく見える気がします」
言ってから。
(あ)
ディートリヒが完全に止まった。
(また育てた!?)
試着室の端で、侍女たちまで妙な顔をしている。
「グランツ殿下が御自ら一式を……」
「しかもベルティエ嬢が選択を任せて……」
(聞かなかったことにして!! 私は夜会の服に困っただけ!!)
なんで王子に服を選んでもらっただけで、私の値札まで勝手に貼り替えられていくの。
(いや私はモブ! 会計と魔法と領地経営を勉強して帰る女! 高級宝石を装備して王子の隣で輝く予定はない!!)
逃げるように一歩前へ出ようとした。
でも。
ディートリヒの親指が、私の首筋へ触れた。
「ひゃっ」
首飾りの金具が擦れたのか、そこだけ少し赤くなっている。
鏡越しに目が合う。
「動くな」
低い声が、すぐ後ろから落ちた。
「まだ一つ直っていない」




