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婚約破棄されたので勉強に専念したいモブ令嬢ですが、何故か攻略対象のヤンデレ王子たちが私にだけ執着溺愛してきて全然集中できません  作者: NIKE


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第十八話 この王子は実用的すぎる

「アイツに……何をされた?」


 工房を出た直後、ディートリヒ・グランツは私の真っ赤な顔と薬指を交互に見た。


「何もされてません!」


「その顔で?」


「指輪を直してもらっただけです!」


「アルノーに?」


「はい!」


 ディートリヒの視線が、祖母の指輪へ落ちる。


「……あいつが自分で修復したのか」


「そうですけど」


「そうか」


 何、その一言に詰まった大量の意味。


(やめて。王子同士で勝手に査定を始めないで。私はただ指輪を直してもらった子爵令嬢です)


 私は逃げた。


 そして翌日。


 もっと逃げられない場所で、ディートリヒの隣に座っていた。


 学院主催の外交昼餐会。


 四国の貴族や外交官を招き、学生も実践として同席する授業である。


(授業! これは授業! 王子イベントではない!)


 そう言い聞かせても緊張する。


 長い卓上には磨かれた銀器と白磁の皿。


 前菜の鱒は薄く燻され、柑橘の香りが爽やかだった。


 一口食べると脂の甘みがふわっと広がる。


(おいしい……!)


 思わず頬が緩む。


 向かいの老外交官も美味しそうに目を細め、隣の婦人も楽しそうに笑っている。


 平和。


 食事は平和。


 問題は礼法だ。


 次の皿が来た瞬間、私は反射的に外側ではなく内側のフォークへ手を伸ばしかけた。


「外」


 耳元で低い声。


「っ」


 隣のディートリヒだ。


 私は何食わぬ顔で軌道修正した。


(助かった! いや近い! 訂正の声が耳に直送される!)


「視線は皿ではなく相手へ」


「はい」


「返事をするな」


(教師!!)


 厳しい。


 でも的確。


 相手国の話題へ受け答えしながら、私は少しずつ楽になっていった。


 ところが会話に夢中になり、姿勢が前へ崩れた瞬間。


 背中へ手が触れた。


「ひゃっ」


 腰より少し上。


 大きな掌が、ドレス越しにそっと支える。


「背筋」


 耳元。


(無理無理無理! 教師なのに顔が良すぎる! 声も近すぎる! こんな個別指導、集中力を破壊するための授業では!?)


 慌てて背筋を伸ばす。


 ディートリヒの手はすぐ離れた。


 強引ではない。


 ただ、直す。


 間違えそうになれば一言。


 姿勢が崩れれば支える。


 話題に詰まれば、私が答えられる領地経営の話へ自然に振る。


(……実用的だ)


 この王子、ものすごく実用的だ。


 原作では宝石、ドレス、靴、香水、果ては家具まで最高級品で女を埋め、「君には最高のものしか似合わない」と全部決め始める男なのに、今のところ教師としては百点満点である。


(札束で殴るタイプのモラハラ、指導だけ切り取ると有能すぎる)


 やがて主菜の香草焼きが運ばれてきた。


 表面はこんがり、中は柔らかい。


 切ると肉汁がじゅわっと滲み、香草と焦がしバターの香りが立つ。


「おいしい……」


 思わず小さく笑うと、ディートリヒが横目で見る。


「気に入ったか」


「はい。すごく」


「なら食べろ。今の笑顔の方が、さっきの作り笑いよりいい」


「急に採点しないでください!」


 でも。


 その一言でまた肩の力が抜けた。


 昼餐会の終盤には、私は普通に会話を楽しめていた。


「ベルティエ嬢は領地会計を学んでいるとか」


「はい。まだ初歩ですけど、面白くて」


 聞かれたことに、自分の言葉で答えられる。


 最後の洋梨のタルトは薄い生地がぱりっと香ばしく、煮た洋梨は蜂蜜みたいに甘かった。


 私は幸せで、ついにこにこしながら完食した。


 無事終了。


(生きた!!)


 席を立った瞬間、ディートリヒが私を呼び止める。


「動くな」


「今度は何ですか」


 首元へ指が伸びた。


「リボンが曲がっている」


 喉元のすぐ横。


 赤い短髪が視界の端へ入るほど近い。


 指先がリボンを摘み、形を整える。


(喉! 喉の横! そこ無防備すぎない!? 美容師さんでももう少し心の準備させてくれる!)


「できた」


「……ありがとうございます」


 顔が熱い。


 でも、今日の成功の半分以上はこの人のおかげだった。


「殿下が横にいると楽ですね」


 素直に言った。


「間違えそうでもすぐ教えてくださるし、会話も助けてもらえますし」


 ディートリヒが黙る。


「……何ですか?」


「いや」


 その目が、私を上から下まで一度見た。


 服装。


 姿勢。


 髪。


 全部確認するみたいに。


 ちょうど近くにいた外交官付きの侍女が、ひそひそ声で囁く。


「グランツ殿下が御自分で礼法を補佐なさるなんて……」


「ベルティエ嬢って、アルノー殿下の指輪の方でしょう?」


(聞こえてますけど!?)


 しかも昼餐会の最初には私を「どこの令嬢だ?」という顔で見ていた他国の婦人まで、帰り際にはにこやかに「また領地経営のお話を聞かせて」と声を掛けてくれた。


(待って。何で私まで急に格上げされた感じになってるの!?)


 私、ただ勉強したいだけなのに、なぜ王子様方面の肩書きが勝手に増えていくの。


(もうやだ! 『会計学を頑張っている女』で覚えてください!!)


 そんな私の願いなど知らず、ディートリヒは当然のように言った。


「なら次の夜会も俺の隣に立て」


「はい?」


「今日のように俺が見ていれば問題ない」


「予定を勝手に――」


「服も俺が選ぶ」

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