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婚約破棄されたので勉強に専念したいモブ令嬢ですが、何故か攻略対象のヤンデレ王子たちが私にだけ執着溺愛してきて全然集中できません  作者: NIKE


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第十七話 その指輪に口づける意味


「ここへ口づけしてもいい?」


 アルノーの唇が、祖母の指輪のすぐ上で止まっている。


「…………」


(聞くんだ)


 前世で見た、あの伝説の指輪キスCG。


 白金色の長い髪。

 伏せた睫毛。

 薬指を持ち上げる細い指。


 構図までほとんど同じだ。


(いや待って。原作ヒロインのイベントをモブの私が踏んでるんですけど!?)


 でも。


 祖母の指輪は、ちゃんと直っていた。


 古い銀の色も、小さな傷も残したまま。

 淡い青の石だけが、昔みたいに綺麗に収まっている。


 アルノーはそれを自分の手で私の薬指へ通した。


 ひやりとした輪が、指先からゆっくり滑ってくる。


「きつくない?」


 関節を越える。


 根元まで、するり。


「ちょうど……です」


 本当にぴったりだった。


 私は思わず手を光へかざした。


「……よかった」


 胸の奥が、きゅっとなる。


 祖母が笑いながら「いつかあなたに」と渡してくれた指輪。


 壊れた時は泣きそうだった。


 それが今、ちゃんと私の手に戻っている。


「ありがとうございます、殿下」


 たぶん、その時の私は。


 ものすごく嬉しそうに笑っていた。


「本当に……嬉しいです」


 アルノーが何も言わなくなった。


「殿下?」


 紫がかった瞳が、私ではなく――私の表情を見ている。


 いや。


 見ているというより、覚えようとしているみたいだった。


「……その顔」


「はい?」


「残したい」


「何を!?」


「今の君」


(やめて! 芸術家の“残したい”は怖い!!)


 私が手を引こうとすると、アルノーの指がほんの少しだけ動いた。


 掴んではいない。


 逃げようと思えば逃げられる。


 ただ、私の薬指を壊れものみたいに支えている。


「口づけても?」


 もう一度、聞かれた。


「……指輪に、ですよね?」


「うん」


「一回だけ?」


「うん」


(何の契約確認してるんだ私は)


 でも。


 ここまで丁寧に直してもらった。


 嫌ならちゃんと聞いてくれた。


 だから私は、ものすごく小さく頷いた。


「……一回だけなら」


「ありがとう」


 アルノーが私の手を持ち上げる。


 白金の長い髪が、さらりと肩から落ちた。


 そして。


 ちゅ、と。


 指輪へ唇が触れた。


「…………っ」


 金属にしか触れていない。


 私の肌には触れていない。


 なのに。


 銀を挟んでいるはずの唇の熱が、そのまま薬指へ伝わった気がした。


(何これ!? 金属って熱伝導こんな速かったっけ!? 理科の授業じゃない!!)


 ぞくっと背筋が震える。


 膝から力が抜けた。


「わっ」


 身体が傾く。


 次の瞬間。


 アルノーの腕が、私の腰を支えた。


「危ない」


「…………!」


 片手は腰。


 もう片方は、まだ私の薬指。


 距離が一気に縮まる。


 白金の髪が私の肩へ触れる。


 胸元には彼の体温。


(待って待って待って!! 指輪キスから腰抱きまでセット販売されてない!!)


「だ、大丈夫です! 離してください!」


 逃げようとして。


 私は反射的にアルノーの胸へ手をついた。


「…………」


「…………」


 硬い。


(なんで王子ども全員ちゃんと男の胸板してるの!?)


 アルノーの視線が、ゆっくり下がった。


 私の手。


 彼の胸に置かれた、私の掌。


 その目が、わずかに見開かれる。


「触ってくれた」


「事故です!」


「でも君から」


「転ばないためです!」


「うん」


「納得してる顔じゃない!」


 アルノーの口元が、ほんの少しだけ上がった。


 嬉しそう。


 ものすごく嬉しそう。


(育てたーーーー!!)


 私は悟った。


 この人にとって、手を触られるという行為は普通の男の三倍くらい重い。


 いやもっとかもしれない。


 私は慌てて胸から手を離した。


「今のなし!」


「嫌だ」


「シオン殿下と同じこと言わないでください!」


「忘れない」


「忘れてください!」


「無理」


(攻略対象、記憶力が良すぎる!!)


 私は腰を支える腕から抜け出した。


 アルノーは追わない。


 ただ、私の薬指と、さっき自分の胸へ触れた手を交互に見ている。


「指輪、大事にして」


「それはもちろんです!」


「僕が直したから?」


「祖母の形見だからです!」


「……そう」


 ちょっと残念そうにするな。


 でも私はもう一度、指輪を見た。


 綺麗だった。


 嬉しくて、やっぱり頬が緩む。


「でも……殿下が直してくださったことも、忘れません」


 言ってから。


(あ)


 アルノーが完全に止まった。


(また餌やった!!)


「帰ります!!」


 私は工房を飛び出した。


 扉の外では、工房付きの侍従と美術科の令嬢が目を丸くした。


「アルノー殿下が、御自分で女性の指輪を?」


「ベルティエ嬢って、あの白い手袋の……」


(知らない知らない! 何も聞こえない! 私はただ指輪を直してもらっただけ!!)


 廊下へ出る。


 角を曲がる。


 その瞬間。


「きゃっ」


 誰かの胸へぶつかりそうになって、急停止した。


 目の前にいたのは、鮮やかな赤髪を短く整えた男。


 ディートリヒ・グランツ。


(次の攻略対象ーーーー!!)


 彼の鋭い目が、まず私の顔を見る。


 たぶん真っ赤だ。


 次に。


 私の薬指へ落ちた。


 直ったばかりの指輪。


 さっきアルノーが口づけた場所。


「…………」


 ディートリヒの眉が、わずかに寄る。


「ベルティエ嬢」


「は、はい」


 低い声。


「アイツに……何をされた?」

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