第十四話 測るだけですからね?
「ここに、僕の作ったものを嵌めたい」
アルノーが、私の薬指を見ながら言った。
「…………」
(何その言い方)
指輪の話だよね?
絶対そうだよね?
ここで「君自身を作品にしたい」とか言い出したら、私はこの工房の窓から逃げる。
「祖母の指輪を直すためですよね?」
「うん」
「新しいのを勝手に作るとかじゃないですよね?」
「今は」
「今は!?」
さらっと怖いことを言うな。
私は薬指を引っ込めようとした。
けれどアルノーは掴まない。
ただ、掌を上にして待っている。
「採寸する」
「……測るだけですよね?」
「測るだけ」
「絶対?」
「たぶん」
「たぶんを付けるな!」
それでも指輪は直してほしい。
祖母の形見だ。
私はものすごく警戒しながら、もう一度アルノーの掌へ手を乗せた。
「では、お願いします」
「うん」
アルノーは作業台から細い絹紐を取った。
薄い銀色。
光を受けると、蜘蛛の糸みたいにきらきらしている。
「最初は親指」
「はい」
絹紐が、親指の根元へくるりと巻かれた。
きゅ、と軽く締める。
「きつい?」
「大丈夫です」
「じゃあ、このくらい」
次は人差し指。
中指。
一本ずつ。
指の根元。
第一関節。
第二関節。
アルノーは数字を紙へ書きながら、何度も私の指を持ち替える。
(……なんで)
ただ採寸されているだけだ。
服だって靴だってサイズを測る。
それと同じ。
なのに。
(なんで指一本ずつ触られるだけで、こんな落ち着かないの!?)
アルノーの指は冷たい。
でも、触れられた場所だけ後からじわっと熱くなる。
しかも本人は真剣。
私の顔なんてほとんど見ない。
ずっと手だけ見ている。
「動かさないで」
「動かしてません」
「今、少し逃げた」
「無意識です!」
「どうして?」
「殿下が近いからです!」
言った瞬間。
アルノーが初めて顔を上げた。
白金色の長い髪が肩からさらりと落ちる。
「嫌?」
「……嫌というか」
嫌なら手を引けばいい。
アルノーは止めるだろう。
たぶん。
でも。
修理はしてほしいし。
それに何より。
仕事をしている彼の手は、悔しいくらい綺麗だった。
細くて長い指。
無駄のない動き。
宝石を扱う時も、私の指を扱う時も、壊れものを触るみたいに丁寧。
「……殿下の手、綺麗ですね」
ぽろっと出た。
アルノーが止まった。
「僕の?」
「はい。なんか……魔法みたいです」
壊れたものを直す。
金属を曲げる。
石を磨く。
その手から綺麗なものが生まれる。
「見てると、ちょっと羨ましいです」
「…………」
「何ですか」
「初めて言われた」
「そうなんですか?」
「顔はよく言われる」
「でしょうね」
そこは納得しかない。
アルノーはものすごく綺麗だ。
でも今。
その顔より先に褒めた「手」を、本人がじっと見ている。
そして。
ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
(……笑った)
嬉しそう。
いや、ほんのちょっとだけだけど。
なぜかそれを見た私まで、少し嬉しくなった。
「じゃあ続ける」
「はい」
次は小指。
細い絹紐が爪のすぐ下を通る。
最後に手首。
「手首まで測るんですか?」
「指輪を作る時、全体の比率も見るから」
「ふうん……」
アルノーの指が、私の手首をそっと一周した。
その瞬間。
「速い」
「何がです?」
「脈」
「…………」
(そこ測る必要ある!?)
親指がちょうど脈の上にある。
とく、とく、とく。
自分でも分かるくらい速い。
「誰のせいですか!」
「僕?」
「他に誰がいるんです!」
アルノーが、また少し笑った。
「面白い」
「私は面白くありません!」
「でも逃げない」
「指輪を直してもらわないと困るからです!」
「そう」
なぜか嬉しそうに言う。
やだ。
この人、何を喜んでるの。
やがて採寸表の大半が埋まった。
「終わりました?」
「あと一本」
「え?」
アルノーの視線が、私の薬指へ落ちる。
(最後にそこ残したの!?)
嫌な予感しかしない。
「普通に測ってくださいね」
「普通に測る」
「変なことしないでくださいね」
「変なことって?」
「それを私に言わせるな!」
アルノーは首を傾げたまま、私の薬指をそっと持ち上げた。
根元へ絹紐を巻く。
一度。
二度。
測り直す。
「……何で二回?」
「大事だから」
「祖母の指輪が?」
「それも」
「それも!?」
指先を支えたまま。
アルノーが少し身を屈める。
白金の長い髪が、私の手の甲へさらりと落ちた。
くすぐったい。
そして。
私の薬指が、彼の唇のすぐ近くまで持ち上げられる。
(待って)
(これ、採寸の距離!?)
息が指先へ触れそう。
私は固まった。
アルノーが低く言う。
「最後」
一拍。
「これは少し動かないで」




