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婚約破棄されたので勉強に専念したいモブ令嬢ですが、何故か攻略対象のヤンデレ王子たちが私にだけ執着溺愛してきて全然集中できません  作者: NIKE


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第十三話 指を見せてください

「今朝、誰に触られた?」


 アルノー・リヴァーシェは、私の顔ではなく右手を見たまま言った。


「…………」


(質問の入り口が怖い)


 普通そこは「おはよう」とかじゃないの?


 白金色の長い髪が肩からさらさら流れて、朝の光を受けてきらきらしている。


 顔だけ見れば天使。


 視線はずっと私の手。


(うん。怖い)


「誰でもいいでしょう」


「シオン?」


「なんで分かるんですか!?」


 即答した私が答え合わせをしてしまった。


 アルノーは少しだけ目を細める。


「指の付け根が赤い」


「え」


 見る。


 昨夜ずっと手を握っていたせいだろうか。

 確かにほんの少しだけ赤い。


「あと、君が今すごく隠したがった」


「観察力を私に使わないでください!」


 私は右手を背中へ隠した。


 アルノーの目が、その動きを追う。


「見せて」


「嫌です」


「どうして?」


「殿下に言われると嫌な予感しかしないからです!」


「そう」


 あっさり引いた。


(……引くんだ)


 そのまま白金の長髪を揺らして去っていく。


 助かった。


 これでアルノーとも距離を取れる。


 そう思った。


 ――昼までは。


「嘘でしょ……」


 授業の合間。

 私は机の上で、壊れた指輪を見つめていた。


 祖母から譲られた古い指輪。


 朝、手袋を外した時に金具が外れ、石が落ちかけてしまったのだ。


 学院付きの宝飾師に見せたところ、古い特殊な細工だから自分には直せないと言われた。


 そして。


『この細工なら、アルノー殿下がお詳しいかと』


(よりによってーーーー!!)


 なぜ。


 なぜ今日。


 手を見せろと言ってきた男に、指輪を修理してもらわなければならないのか。


 でもこれは祖母の形見だ。


 壊したままにはできない。


「……行くしかない」


 午後。


 私は学院内にあるアルノー専用工房の前に立っていた。


 扉を開ける。


 木と金属と、磨き粉の匂い。


 棚には宝石。

 銀細工。

 彫刻。


 そして壁際には――手。


「…………」


 正確には、手の彫刻。


 指を曲げたもの。

 掌を開いたもの。

 細い手首まで作られたもの。


(帰りたい)


「エリナ」


「ひゃっ!」


 奥からアルノーが現れた。


 白金色の長い髪を作業用の紐でゆるくまとめている。


 いつもの王子様姿よりずっとラフなのに、妙に色っぽい。


(違う違う。見るな。ここは手の墓場だぞ)


「どうしたの?」


「……これを」


 私は指輪を差し出した。


 アルノーの目が変わる。


「古いね」


「祖母の形見なんです。直せますか?」


「直せる」


「本当ですか!」


 思わず顔が明るくなった。


「よかった……!」


 アルノーは指輪ではなく、今度は私を見る。


「そんなに大事?」


「はい。すごく」


「じゃあ直す」


「ありがとうございます!」


 ほっとした。


 やっぱり芸術関連なら頼りになる。


 そこだけは原作通り。


「手を」


「…………はい?」


 安心した瞬間に来た。


 アルノーは私を掴まない。


 ただ自分の掌を上に向けて、静かに差し出している。


「指輪が嵌まっていた手。見たい」


「必要ですか?」


「同じ位置に戻したいから」


 もっともらしい。


(本当に?)


 でも修理してもらう側である。


 私は警戒しながら、自分の手をその掌へ乗せた。


 触れた瞬間。


 びくっとした。


(冷たっ)


 アルノーの指先は少し冷たい。


 なのに、包まれた掌の中心だけじわじわ熱が移ってくる。


 彼は私の手を裏返し、掌を自分の掌へ重ねた。


「小さい」


「殿下の手が大きいんです」


「柔らかい」


「感想いります!?」


 細い指が、私の人差し指から順番にそっとなぞる。


 骨の位置。

 関節。

 爪の形。


(待って。手しか触られてないのに何でこんな落ち着かないの!?)


「殿下、見るだけって言いましたよね?」


「見てる」


「触ってもいる!」


「見ないと分からないところがあるから」


「理屈が芸術家!」


 アルノーは楽しそうでも、照れてもいない。


 ただ、本当に美しいものを観察している目。


 だから余計に逃げづらい。


「もういいですか?」


「まだ」


「まだ!?」


「もっと見たい」


 さらりと言われて、心臓が変な跳ね方をした。


(そういう言い方するなーーー!!)


 アルノーの指が、最後に薬指へ触れる。


 指輪があった位置。


 付け根を親指と人差し指でそっと挟まれた。


 そこだけ意識が全部集まる。


「な、何ですか」


「大きさを覚えてる」


「測る道具使ってください!」


「あとで使う」


「じゃあ今これ何!?」


 答えず、アルノーは私の薬指を眺めた。


 白金の長い髪が頬へ落ちる。


 その向こうで、紫がかった瞳が細くなる。


「ここ」


 親指が、薬指の根元をゆっくり撫でた。


「……ここに」


 彼は私の手を持ち上げる。


 まるで、まだ何もない場所に宝石を見るみたいに。


「僕の作ったものを嵌めたい」

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