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婚約破棄されたので勉強に専念したいモブ令嬢ですが、何故か攻略対象のヤンデレ王子たちが私にだけ執着溺愛してきて全然集中できません  作者: NIKE


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第十二話 あなたは私の非常用王子です

 目が覚めた瞬間。


 最初に思ったのは。


(あったか……)


 だった。


 頬の下に、硬くて温かいものがある。


 耳元では、どくん、どくん、と一定の音。


 鼻先には、もうすっかり覚えてしまった革とムスクと石鹸の匂い。


「…………」


 嫌な予感がした。


 ゆっくり目を開ける。


 黒い制服。


 厚い胸板。


 そこから視線を上げる。


 シオンと目が合った。


「おはよう」


「…………」


「よく眠れたか」


「…………」


「エリナ?」


「ぎゃあああああ!!」


 飛び起きた。


 正確には、飛び起きようとして失敗した。


 私の頭の下にはシオンの腕があり、片手は彼の襟元をがっつり掴んでいた。


 しかも身体はほとんど彼の胸へ寄りかかっている。


(朝までフルコースで甘えてるーーーー!!)


 昨夜の記憶が一気に戻った。


 雷が怖い。


 そばにいて。


 手を貸して。


 ベッドに座って。


 心臓の音がすると安心する。


 帰らないで。


 朝までいて。


(私が全部言ってる!!)


「は、離れます!」


「ああ」


 シオンは私が起き上がるのを邪魔しなかった。


 むしろ腕を引いて、すぐに空間を作る。


 そこだけは本当に紳士。


 だから余計に昨夜の自分が恥ずかしい。


「殿下、もしかして……ずっとこのままだったんですか?」


「途中からお前が腕を掴んだ」


「…………」


「離すと起きそうだった」


「…………」


「だから朝までいた」


(言葉通りすぎる!!)


 よく見ると、シオンの目元にはわずかに疲れがある。


「寝てないんですか?」


「ああ」


「なんで!?」


「お前が朝までいてくれと言った」


「寝ていいに決まってるでしょう!」


「許可されていない」


「そこまで厳密に私の言葉を守らないでください!」


 頭を抱えた。


 でも。


 ……私のために、本当に朝まで起きていてくれたんだ。


 胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。


「……ありがとうございました」


「何が」


「昨日。いてくれて」


 シオンは何も言わなかった。


 ただ、少しだけ目を細めた。


 その顔にまた心臓が変な音を出しそうになって、私は慌てて両手を振った。


「でも!」


「?」


「誤解しないでくださいね!」


「何を」


「昨日は非常時です!」


 私はびしっと指を立てた。


「雷! 暗闇! 恐怖! そういう特殊条件が重なった結果です!」


「ああ」


「だから恋愛的な意味ではありません!」


「そうか」


「殿下は、その……救命具みたいなものです!」


 沈黙。


「救命具」


「そうです!」


(王太子に何言ってるんだ私は)


「非常時に使うものです! 普段は使いません!」


「なるほど」


 シオンは妙に真面目に頷いた。


(納得するんだ……)


 これなら大丈夫。


 私は恋愛していない。


 ただこの人は、困った時にものすごく頼りになる。


 そう。


 非常用。


 非常用王子。


 完璧な分類である。


 私は安心してベッドから降りようとした。


 その時。


「エリナ」


「はい?」


 手を取られた。


「…………」


 昨日何度も握った手。


 大きな掌に、私の指がすっぽり収まる。


(朝から手! いや昨夜もっとやってるけど! 昨夜の私は昨夜の私だから!!)


 シオンが私の手をゆっくり持ち上げた。


 手の甲が、彼の口元へ近づく。


「え」


 唇が近い。


 近い近い近い。


(待って待って何するの!?)


「これも救命行為か?」


「違います!!」


 即答。


 シオンの唇は、私の手の甲へ触れる寸前で止まっている。


 ほんの数センチ。


 吐息だけが皮膚を撫でる。


 ぞわっと腕まで震えた。


(触ってない! 触ってないのに何これ! 手の甲ってこんなに性感帯でしたっけ!? 違いますよね!?)


「では、してほしかった?」


「してほしくありません!」


「そうか」


「今すぐ帰ってください!」


 私は真っ赤になって扉を指差した。


 シオンは素直に手を離す。


「分かった」


「本当にもう!」


 扉を開けると、廊下にはカイルが待っていた。


「……カイルさん!?」


「おはようございます、ベルティエ嬢」


 彼の視線が、寝不足のシオンと私を一度だけ往復した。


(側近にまで知られたーーーー!!)


 なのに扉を出る直前。


 振り返ったシオンの口元が、ほんの少しだけ笑っていた気がした。


(絶対楽しんでる……!!)


 数分後。


 顔の熱を冷ますため、私も廊下へ出た。


 そこで。


「……その手」


「え?」


 柔らかな声に振り向く。


 白金色の長い髪が、朝の光をさらさらと弾いていた。


 アルノー・リヴァーシェ。


 芸術家王子。


 そして。


 今、一番会いたくない人。


 彼は私の顔ではなく、ずっと右手を見ている。


 さっきまでシオンに握られていた手。


 キスされかけた、手。


 アルノーが静かに首を傾げた。


「今朝、誰に触られた?」

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