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婚約破棄されたので勉強に専念したいモブ令嬢ですが、何故か攻略対象のヤンデレ王子たちが私にだけ執着溺愛してきて全然集中できません  作者: NIKE


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第十話 呼べば来るって怖くないですか?

第十話 呼べば来るの怖くないですか?


「踊りません」


 即答した。


 シオンは少しだけ私を見たあと、


「分かった」


 と、本当に引いた。


(……素直! よし!)


 これでいい。


 一曲は非常事態だった。


 二曲目からはデート臭がする。


 私は攻略対象と恋愛しない。


 まして監禁王子なんて絶対に御免だ。


 ――なのに。


 三日後。


(……今日もいない)


 私は昼食を食べながら、無意識に食堂の入口を見ていた。


 四日後。


(中庭にもいない)


 五日後。


(いや何探してんの私!?)


 自分で自分に突っ込んだ。


 シオンは私の言う通り、近づいてこなかった。


 廊下で会えば三メートル。


 食堂では別の席。


 目が合っても、こちらから呼ばなければ来ない。


 理想的。


 完璧。


 なのに、なぜか妙に落ち着かない。


(いや、あれだ。大型犬が毎日いた場所から急にいなくなった感じ。恋愛じゃない。環境変化への戸惑い)


 王太子を大型犬扱いしている時点で色々終わっている気もするけど、気にしない。


 そんなことより課題だ。


 私は今、学院書庫の受付で詰んでいた。


「こちらの外交議事録は、上級閲覧許可が必要です」


「今日中にどうしても確認したいんですが」


「担当教授は王宮へ出ていますので、許可は明日以降になりますね」


「明日提出なんです……」


 終わった。


 完全に私の確認不足だった。


 部屋へ戻り、机に突っ伏す。


 先生はいない。


 期限は明日。


 でも上級閲覧許可を出せる立場の人間なら、学院内にもう一人いる。


「…………」


 私は便箋を見た。


(駄目でしょ)


 十分後。


(いやでも課題)


 二十分後。


(これは非常時では?)


 三十分後。


 私はたった一行だけ書いた。


『非常時です』


 宛名は、シオン・ヴァルディア殿下。


 使いの者へ渡してから、やっぱりやめればよかったと後悔し始めた頃。


 コンコン。


「エリナ」


「早っ!?」


 扉を開けたら、いた。


 黒髪。


 長身。


 いつもの無表情。


「手紙を受け取った」


「さっき出したばっかりなんですけど!?」


「非常時なんだろう」


(そうだけど! 呼んだら即来るの普通に怖いな!?)


 事情を話すと、シオンは「分かった」とだけ言った。


 書庫へ同行し、受付で身分を振りかざすこともなく、必要な確認と署名だけする。


 十分後。


 欲しかった議事録が私の腕の中にあった。


「助かった……!」


 思わず抱きしめる。


「ありがとうございます! 本当に!」


「ああ」


「これで課題が出せます!」


「ならよかった」


 それだけ言うと、シオンは踵を返した。


「…………え」


 本当に帰るらしい。


 いや。


 帰っていい。


 用事は終わった。


 非常時終了。


 そういう約束だ。


 なのに。


「……殿下」


 気づけば、私は彼の袖をつまんでいた。


 シオンが振り返る。


 自分の指を見る。


(何してんの、この手)


 離せ。


 離すんだ私。


「……せっかく来たんですし」


 口が勝手に続けた。


「お茶くらい飲んでいきません?」


(引き止めたーーーー!!)


 数分後。


 私たちは談話室のソファに向かい合っていた。


 卓上には焼きたてのバターサブレと、林檎の香りを移した紅茶。


 サブレを一口かじる。


 さくっ、と軽い音。


 ほろほろ崩れた生地から濃いバターと砂糖の甘さが広がって、私は思わず頬を緩めた。


「おいしい……!」


 幸せ。


 課題は助かった。


 お菓子はおいしい。


 人生、意外と悪くない。


 向かいのシオンも一枚取って食べる。


 しばらく無表情で噛んでいたのに、ふっと口元がほころんだ。


「うまいな」


(……笑うんだ)


 その顔が妙に柔らかくて、私は一瞬見入った。


「何だ」


「なんでもないです!」


 慌ててもう一枚食べる。


 さくさく。


 おいしい。


 落ち着け私。


 その時。


「動くな」


「え?」


 シオンが身を乗り出した。


 大きな手が近づく。


 親指が、私の口元へ触れた。


「…………っ」


 唇のすぐ横。


 そこから下唇の縁を、ほんの一瞬だけ掠める。


 柔らかなところを熱い指先で撫でられて、背筋がぞわっとした。


(く、口!! 今、口触った!? 待って距離近い顔がいい指が熱い無理!!)


 シオンも止まった。


 私の唇から、自分の親指へ視線を落とす。


「……菓子の粉がついていた」


「そ、それなら言ってくれれば自分で取れます!」


「ああ」


 なぜか、少し低い声。


「今のは許可を取るべきだったな」


「今のって……何ですか?」


 聞いた瞬間。


 シオンがもう一度、私へ顔を寄せた。


「え」


 近い。


 鼻先が触れそうなほど近い。


 視線が、私の唇へ落ちる。


(待って)


(それ、確認のためにもう一回やる距離じゃなくない!?)


 息がかかる。


 逃げるのも忘れて、私はソファの背へ身体を固くした。


 そしてシオンの顔が、さらに近づいた。

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