探偵見習い
弥田は了承してそそくさと部屋を出た。この状態で運転か、と思いながらついていくと弥田はまっすぐ歩道に進んで行った。十分ほど歩いて入ったのは地下にある小さな映画館だった。
「お客さんいます?」
「いません!」
開口一番失礼な弥田に、受付に座る店員は元気に答えていた。
「じゃあ二人入るね」弥田がお金を出した。
「ハイ! もう五分ぐらい流しちゃってますけど大丈夫ですか?」
と、言いながら店員はすでにお釣りを用意しており、弥田もその小銭でペットボトル飲料を買っていた。
薄暗い中で字幕付きの洋画が流れている。入り口の反対まで進み、毛がへたれて馴染んだ椅子に体を沈めた。多分スパイ映画だろう。見覚えのある映像に目を向けた。
スパイの潜入先で恋人が出来たあたりで、どこで見たか思い出した。学期末ごろ授業が早く進んだクラスで流したことがあった。どおりで先が読めるわけだ、この先は恋人と組織の間で主人公が揺れることになるのだ。今も、恋人の信頼から得た情報を報告するか悩んでいる。
だったら付き合うなよな。と思うが好意を示さずにはいられないらしい。もし自分がこいつの友達だったら横でため息つきながら見守る羽目になったことだろう。反対に弥田だったら「なんでどうして?」と問い詰めて手助けするか別れさせるかの行動に移るんだろうと思った。自分にそうしているように。だから、話の根っこは同じことなのかもしれない。自分自身にため息をつくと、自然と深い呼吸になり眠ってしまった。
緩やかな音楽にキィーと扉がきしむ音がした。目を開けるとエンドロールが流れていて、後方から光が漏れてきていた。弥田が開いた扉の隙間から「まだいていい?」と尋ねているのが聞こえてくる。腕時計を確かめるともうすぐ正午になろうとしていた。
バッチリ目が覚めた。外回りと言って出てきてこれでは正真正銘のサボりである。やっちまったと思っていると弥田が席に戻ってきた。
「あと三十分は居ていいって。平日だから閑古鳥みたい」
「仕事中なのに……まずい」
「言わなきゃバレないって。気になるなら今を休憩時間ってことにして、午後はシャカリキに働いてみたら」
「そういう問題じゃない。ほんと、そもそもやらなきゃいいことを俺はやるんだよ……」
自分の嫌なところをポツリと呟いた。弥田は「業務中寝るし、部下も教え子も疑うしね」といやな返しをしてから微笑んだ。
「探偵にはとっても向いてるよ」
「直々にどうも」
あくびで潤んだ眼をおさえて潮井が立ち上がると、出口への動線上にいた弥田も腰を上げた。答えは出したと思っていいだろう。もう遅いが、気持ちを切り替えて仕事に取り組む時間が来た。
必要な情報を整理するため、二人は歩きながら会議をした。弥田のレイ調査依頼については現在進行中、レイが負っている役割や繋がっている人間との関係まで調べる必要があるとのこと。対して潮井の事前調査では怪しい点を見つければ十分なので、レイに関しては終了しても構わない状況だ。ただ、残りの部署・店舗の調査に弥田の協力を得る気まんまんなので、引き続きアルバイトとして潮井もレイの調査に加わることになった。
「だとしても運転手ぐらいだろ?」
「いやいやいや。オレが何で君を警戒したか忘れてるんじゃあないの。妹! 妹がいるでしょ、お姉さんについて聞いてきてよ」
今から戻れば昼休憩中だ。業務外の話を振るにはいい時間だろう。弥田にすぐ会社に戻ると告げると、事務所に帰るなりコーヒーのボトルを手渡してくれた。
「ありがとう」
「諸々、働きに期待してる」
レンタカーを返却して職場に帰ってくると、賑やかな声がした。カフェスペースで談笑中の集団に住吉も混ざっているのが見える。会話の腰を折るのは忍びなく、ひとまず飲み干したペットボトルを捨てるためカフェスペースへ入った。
「あッ! 潮井さん!」
通り過ぎようとしたところをなぜか住吉に呼び止められた。丁度いいという気持ちを隠しつつ、一言ことわってゴミを捨ててから席に入れてもらった。
「何かあった?」
「先日任せてもらった広報誌のページなんですけど、どうでしたか? できれば良かったところを教えて欲しいです」
自分の代わりにやってもらった仕事なので当然目は通している。大きなミスも無かったので、思い出しつつ目を引いた構成を伝えた。
「ありがとうございます。いまの姉に教えてもいいですか?」
「もちろんいいけど、お姉さんに?」
「姉からアドバイスをもらったので!」
「へぇそれは嬉しいね。仕事の話もよくするんだ」
潮井がそう言うと、住吉は「そうだったんですけど~……」と肩を落とした。
「最近遊んでくれないし、連絡もまちまちで。何とか必要性のある内容を絞り出してるんです」
「寂しいね」相槌を打ち、すぐさま話を広げにかかる。絶対にこの話題を終わらせてはならない。
「特別忙しい時期じゃないと思うけど、誘っても来てくれない?」
「そうなんですよ。しかも、断り方が歯切れ悪くて! やっぱり言いにくいのかな、お金ないとか友達といる方が楽しいとか」
「それは言いにくいかもね~」と向かいに座る職員が返した。ですよね、と住吉が肩を落とした。
「まあ、そういう理由とは限らないと思うけど……そう感じることがあったってことだよね」
「だって、シェアハウスしてるんですよ。友達と」
一つ情報を得て、本日の業務は終了した。いつも通りデータを書き写してから帰宅し、報告のため弥田に電話をかけた。調べておくねと切れてしばらく、枕元でスマホが光り休日二日間のアルバイトを命じる文が届いた。
「どうぞ!」
週末、事務所のインターホンから聞こえる声が元気だ。中へ入ると、一階のリビングで弥田が待っていた。採光カーテンが閉められた中で、テーブルいっぱいに写真と紙を広げている。
「これは?」
「おおよそ本日の仕事といったところ。目的と重要性を説明してから取り掛かろうね」
二人は写真の向きに合わせて横並びに座った。紙にも画像が印刷されている。
「こっち」と弥田が紙を持ち上げた。「画廊やオーナーの関係者。企業なんかも入ってるからとにかく数が多い」
大きな顔写真もあれば、従業員の集合写真もある。人の数で言えば潮井の顔見知りより多かった。
「写真はレイさんの周辺人物ね」
目線が来ていない隠し撮りを含めて十枚程度ある。ザッと眺めて潮井が尋ねた。
「シェアハウスの相手は?」
「それがさ、一人暮らしみたいなんだよね。今の住居の契約が三か月前なんで、もう解消してるってことかな」
「あぁじゃあ」
「特定するのは大変だけど、大きな手掛かりだね。バッサリ関係を断っていなければいいんだけど」
ひとまず無意味にはならなかったようだ。
「で、今日の目的はオーナーとレイさんをつなぐ人物を見つけること。彼らに直接つながりが無いことは調査済みなのでね」
ということで、二つの資料に共通するものを探すことになった。写真を一枚置いてテーブル中の画像と見比べ、二人共諦めが付いたら次の写真を出した。荒くて小さい顔にも検討を重ねていると、半分も終わらないうちに昼時になってしまった。
「一応これ、今日のタスクだから。最悪泊ってもいいよ」
休憩中に弥田から残業の許可が出てしまった。経費で出た宅配のハンバーグプレートが美味い。




