探偵のご友人
少々汗ばみながら弥田は水瀬の通う美術大学の近くにやってきた。指定された場所は年季の入った洋風屋敷のような店だった。汗を拭ってから中へ入り、店員へ待ち合わせだというと二階の席へ案内された。水瀬の探るような目に、弥田はまず名刺を差し出した。
「先ほどお電話させていただきました、弥田と申します。この度は急なお話にご対応いただきありがとうございます」
「いえ全然!」
お辞儀から顔をあげると水瀬は向かいの席を勧めてくれた。腰を下ろし飲み物を頼む。
「こちらこそ学校の近くまで来てもらったので」
「急ぎたかったのは私ですから。早速、絵についてお伺いしても?」
水瀬が頷いた。まずは購入者と面識があるか尋ねると会ったことがあると答えた。
「それはどういった経緯でしょうか?」
「えっと、最初にオーナーから買い手がついたと言われて。でも、あれは高校生の時はじめて賞を取った絵をリメイクしたものだったので、思い入れが強かったんです。なので、せめて直接お話を、と」
「お会いになった方はどういった外見でしたか?」
「うーんカジュアルな格好の女性、ぐらいしか」
「名前はなんと?」
「鈴木さんです」
同じ苗字ではあるが、同一人物の可能性は低い。鈴木のカードを勝手に使った別人だろう。念のため工員の鈴木の写真を見せたが、水瀬は知らないと答えた。
「ではその方について他の方が何かおっしゃっていたことはありませんか?」
「オーナーには手短に話を済ませる様に言われました。あっ、オーナーが直接案内されてて、他の職員の皆さんは知らない方だったみたいです。だからなおさら、自分の作品をどこで知ったのかとかどこを気に入ってくれたのかとか、申し訳ないけど疑問に思ってしまって。だって画廊に足を運ぶのは初めてだっていうんですよ? 手短にって言われてたけどついッ……あ。すみません今もですね」
「ぜひお聞かせください」
「そうですか? その、つい長話を。どれだけ話しても何も尋ねちゃくれないし、思いつくままに話続けて最終的には目が潤んでたから、悪いことしてしまったなって……」
話が途切れ、水瀬はぐびぐび喉を潤わせた。そこそこの時間、顔を合わせていたようなので写真を見せる甲斐がありそうだ。
「ありがとうございます。ではこれからいくつか写真をお見せしますので、少しでも引っ掛かることがあれば教えてください」
はじめにレイの写真を見せた。
「あ、似てるかも」
「どなたにですか?」
「さっき話した鈴木さん」
だが、確証はないらしい。次にレイの妹、住吉の写真を出した。
「この方も似てますね」
そりゃそうだ。だが、ネットから適当に見繕った同年代の女性の写真をいくつか見せてみると、「違うと思います」と返ってきたのである程度は信頼してもよさそうだった。これ以上はレイを調べるにも潮井の仕事を進めるにも、探るべきはオーナーのようだ。
なのだが、ここまで一気に水瀬について調べを進めたのには理由がある。潮井に水瀬杏は不正に関わりが無いと伝えるためだ。過程で本来の依頼に繋がる情報が手に入ったのは幸運だった。
「少し立ち入った話になるのですが、絵画の代金はいつ頃水瀬さんの手元へ?」
「え⁉」
「もちろん、お嫌でなければで結構ですので」
とは言ったものの、水瀬が口ごもっているのは話したくないというより話し方を選んでいる様だった。
「結論で言うとお金は受け取っていないんです。でも! ちゃんと理由がありますから悪徳とかじゃないですよ」
「お教えいただけますか」
「場所代になったんです。あそこにいくつか作品を置かせてもらっているんですが、置く段階で払うんでなくて作品が売れたら支払うってシステムなんです」
学生の作品を多く扱っているために、元手が無くてもいいように設定されたものらしい。絵画の代金約二十万円は他の作品も含めた水瀬の場所代に消えたそうだ。
「どうも助かりました。最後に購入者の方へお伝えされた作品への想いをお聞きできれば。会計は私が持ちますので、ケーキでも食べつつゆっくりと」
なにか潮井の喜ぶ話が来ないかと耳を傾けながら、三十分ほどで解散となった。あとは実際のお金の流れを確かめて話と実態が合っているか確かめよう。それには潮井が持ってきてくれる取引データが役に立つはずだ。
潮井はスーツ姿で事務所のインターホンを押した。鍵が開くのを待っていると、それより先にニコニコの弥田が玄関から出てきた。彼は潮井を招き入れると先に立って二階へ向かった。部屋に入ると弥田は椅子に腰かけたので、鞄から取り出した資料を渡した後に潮井も座った。
「オレはありとあらゆる可能性を想定しているわけだよ」
資料に目を通しながら、唐突に弥田が話始めた。潮井の相槌も待たずに続く。
「だから、信頼していても疑う思考はある。疑われて楽しく話す人は珍しいから、悟られないようにしますけどバレたらバレたで構わないんだ。情報を得るのが目的なんだから」
「あぁ……職業探偵の心得的な?」
知り合いが関わった程度で逃げ腰になるな、という話かと思い口を挟んでみた。が、「いいや違うね」と否定された。
「まず、オレについて説明したんだよ。君とは感覚のずれがある相手がやったことを前提に、好意的な解釈をしてもらおうってね」
「何かやったな」
「さ! 依頼は受けちゃいないが報告を聞け」
思わず浮いた尻に座れと指示を受けて、弥田による何かの調査報告が始まった。
「結論、水瀬杏本人が不正に関わっている可能性は極めて低い。一気に話してしまうから、ゆっくり飲みこんでくれたまえ」
そう前置きした弥田は単独調査の顛末を話した。ホワイトボードが資料と書き足しでどんどん埋まっていった。最後は「オーナーにクレジットカード不正利用の金が流れていて、そこにレイさんが関わっている可能性あり」と締められた。
「これは」
弥田が潮井の言葉を待っている。仕事の進捗報告ではなく、個人的な話をしようとしているのだ。
「とりあえず水瀬君のことは分かった。安心したよありがとう」
「そうだね、そこはそれで終わっていい。オレが知りたいのは教え子への情うんぬんではないから」
「知りたい? 知りたいって言われてもな……」
何か話せと言わんばかりに弥田は黙って視線を送ってきている。もう、考えるのは彼に丸投げしていいように思えた。
「俺の代わりに調べてくれてホッとしてるよ。俺が疑っているって知られたくなかったし、かといって気になって後回しにもできないし! で? だから何」
「キレたっ」
「ちょっと声がでかくなった。悪かった怒ってねぇよ」
弥田が笑っている。少し神経を逆なでされた。
「いやー感情が出ている場面はその人への理解が深まる気がするよね。オレはその感覚に喜んでる、バカにした笑いじゃないからさ」
何を答えてほしいのか分からない。今の潮井に次の言葉は思い当たらなかった。眠ってしまいたいぐらいの沈黙のあと、弥田が尋ねてきた。
「君は疑うことの何に傷ついてるんだ?」
これに応えなければ話は終わらないらしい。丁度、自分も知りたかったと逃げを塞いだうえで「整理する時間欲しいな」と正直に告げた。
「オーケー。じゃあ出かけよう」




