本職探偵・弥田
潮井を置き去りにした弥田は画廊の事務室へと立ち入っていた。店長の先導を受けながら作品の売却リストなど資料に目を通す。
「写真、撮らせてもらっても?」
「これから私は用を足しに行くので、何も知りませんし分かりません」
「どうぞごゆっくり」
気を利かせた店長がドアをしめ切ってから、弥田はめぼしい部分をスマホに収めた。漁れるだけ漁った後、ノックをして店長が戻ってきたのでスマホを見えないようしまった。
「時間取っていただいて助かりました。最近お仕事どうですか」
「無くならないことを祈っています」
「ハハ! 危機感をお持ちのようで……いつでも備えておくに越したことはありませんからね」
それ以上は尋ねずに事務室を出た。言ってこないということは確証がないか、口にできない状況なのだろう。怪しい雰囲気だけは伝わったので深く調べる甲斐がありそうだ。職員専用通路と一般通路の境目まで送ってもらい、店長と別れた。
潮井を探してふらふら歩いていると遠目に潮井と、談笑する青年の背が見えた。ゆっくりと近づいていくと潮井と目が合ったのだが、直後に青年との話を切り上げ立ち去ってしまった。追いかけずとも潮井が行った方向は出口なので弥田は引き返すことにした。
建物の外に出ると、潮井は自動販売機から飲み物を取り出している所だった。弥田が寄っていくと手に持った二本のうち弥田が指さしたほうをくれた。
「さっき感じ悪かったやろ。ごめん」
口に含んだ物を飲み込んでから「なんとも?」と答える。
「理由があれば参考に聞いておくけども」
「探偵といるとこ見られたくなかった」
手短に返すと潮井は車に乗り込んだ。言葉通り早くこの場を離れたいのだろう。弥田は助手席に座って事務所へ戻るように言った。発車から少しして潮井が口を開いた。
「さっき一緒にいたの、教員してた時の教え子。不正の調査で俺が疑ってかかってるなんて、万が一にも知られるわけにはいかない」
「え! ちょっと会っただけでしょ、いいってそんな探偵みたいな心持ちしなくて」
「したくてしてるわけない」
潮井は笑っていたが、自嘲に思えた。弥田がそこまで警戒せずとも良いと伝えたが、彼はもう画廊に行けないと言っていた。
事務所に着き、潮井は次回画廊の詳しい取引データをもってくると言い残して帰っていった。弥田は二階で名刺のファイルを開き、ある電話番号にかけた。
「もしもし弥田です。明日お伺いしても? いえ、仕事がらみですので事前にご連絡をと思いまして」
無事に約束を取り付けた後、弥田も帰路についた。
翌朝、久しぶりのバスに乗って弥田は児童クラブに来ていた。放課後などに小学生が過ごす場所だが、平日の午前中では静かなものだった。入り口のチャイムを鳴らすと中から足音が聞こえてきて、館長が出迎えてくれた。
「いらっしゃい! お久しぶりですね」
「ええ、ありがたいことに忙しくさせてもらってます」
挨拶をかわした後、弥田は休憩室に案内された。ひととおりお茶菓子に感想を述べてから、画廊で撮った資料を確認しつつ話を始めることにした。
「こちらへ水瀬杏という画家の作品が送られるようですが、画廊で購入されたのは館長ですか?」
「いいえ~寄付いただけるとのことで、ありがたく頂戴する予定ですよ」
「送り主の方は分かりますか?」
「もちろん。メールのやり取りだけですけど、必要でしたらお見せしますよ」
「では」
名前と電話番号をはじめに見つけ、さっそくかけてみたが『現在使われておりません』とのこと。次にメールの内容を洗ってみると、高額品の寄付に館長がお金の出所を尋ねていた。それには広告で見かける企業の工場勤務だと返ってきている。
館長へ報告して工場に連絡することにした。メールにあった鈴木という人がいるか事情を含めて尋ねると、工場で直接会う約束を取り付けられた。
「すみません今日は仕事なので手短に失礼します」
「また来てね」
「もちろん。些細な用事で伺いますよ」
児童クラブを後にし、弥田は道中で菓子折りを買った。慣れないルートを進むと小さめながらも新しい外観の工場に着いた。入り口から声をかけるとすんなり案内係がやって来て、手土産と自身の名刺を相手の名刺と交換した。
小奇麗な応接スペースに腰を落ち着けていると、作業服の工員がお茶を淹れて入ってきた。コップと共に出された名刺には鈴木とある。
「絵画の購入について聞きたいと伺ったんですが」
鈴木は眉を寄せ手はぎゅっと握っていた。弥田が「高額なものなので確認を」というとさらに不安そうな顔をした。
「あのまったく覚えがないんです。詐欺の類に引っ掛かってしまったんじゃないかと」
どちらが、と明言しない辺りまだ自分に被害が出たか確認していないようだ。弥田は画廊のデータから鈴木名義のカードで決済が行われたことを確認していた。
「鈴木さん、クレジットカードの利用履歴を確認していただきたい。こちらが販売元に確認した所、購入名義はあなたでした」
「え! えぇ……」
鈴木は驚きながらスマホを取り出した。焦りからか手元がせわしない。渋い茶をすすりながら待つと、深いため息をついて鈴木が画面を見せてきた。
「あぁ、もしかしてこれでしょうか? 三十万円の買い物なんて、知りませんと言えば返金されるものなのか……」
頭を抱えてしまった鈴木に「カード会社に連絡するといいですよ」と伝え、最後に利用明細を撮影させてもらった。
工場を出て、弥田は画廊に勤める店長へ直接電話をかけた。数秒で「もしもし」と声がした。
「お。休憩中ですか?」
「いいえ休日です」
「あら丁度良かったです」弥田は事情を説明した。「というわけで、水瀬杏の作品を購入した人物についてご存じのことありませんか?」
「そちらの決済はネットで行われたと記憶していますので、私は何も」
「では、店長以外で」
「……購入される方に直接会って話したいと、水瀬さんがオーナーに頼んでいらっしゃいました」
「ありがとうございます。この件で何かご迷惑おかけしたら遠慮なく言ってくださいね」
「当然です」
店長との通話が切れ、次は水瀬杏の仕事用電話番号へかけることにした。間もなく通話が繋がり「画廊で見かけた絵について伺いたい」と伝えると、とあるカフェで待ち合わせることになった。




