腹の一物すべて出せ
「仕事の前に俺の話をしても?」
弥田は頷くと目の前の椅子を潮井に勧めた。
「部下のことなんだけど、やっぱり気になるから調べてくれないか。費用は俺が持つから」
「あれ。結局そうなったの」
「自分で解決しようと一もがきしてみた結果、こうなった」
それに笑ってお金はいいよと弥田が言った。
「もう受けてる案件だから」
「え⁉ あぁ、そう……」
探偵ならそういうこともあるか、と潮井は驚きながらも飲み込もうとした。だが、それを遮るように弥田が話を続けた。
「ねぇ『どういうこと?』って聞いてみてくれない? コミュニケーション取ろうよ」
「いや、他人の依頼は秘密だろ」
「そうだよ。だけど、伝えない判断はオレがするからさ、気になったら聞いてみていいよ」
ほんの少しためらったが、結局「どういうこと?」と潮井は尋ねた。
「正確には潮の部下を調べる依頼ではないんだけど、過程の中でその必要がある仕事でさ」
潮井は弥田の名刺を手に入れた時のことを思い出した。身辺調査をしたならすでに自分と住吉の繋がりを知っていたのだろう。
「おっ渋い顔。どうぞ?」
考えが顔に出ていたようだ。
「俺への接触は仕事のためだったと」
「はい残念! 名刺を預けたのは依頼を受ける前なので、オレが懐かしがっただけ。ほら~ちゃんと確かめないと」
思わぬところを咎められてつい笑ってしまった。仕事を受けた後に都合よく連絡が来たので、依頼も手伝って貰おうということだったらしい。
「その割には運転手しかしてない」
「だって君が部下の味方かどうか見極めないと、情報の取捨選択が出来ないでしょ」
そこで弥田はパンと手を叩いた。
「まあそれも、さっきの頼みで深い関係はないどころか潮は疑っているのが分かったから、いよいよちゃんとお願いしようかなってね!」
弥田は住吉に関係する依頼について説明を始めた。依頼主は住吉の母、内容は住吉の姉であるレイの身辺調査だ。実家を出てからもともと連絡は無かったのだが、仲良くしていた妹とも距離を置くようになったため弥田の元へ相談に来たそうだ。
「俺の役割は?」
「レイさんがいる不正対策課の情報を持ってきてくれた時点で結構済んでるんだよね。だから、追加があるまで変わらず運転手」
「あぁそう」
同じ場所に話が着地して気が抜けた。これで用事が済んだのか、弥田は一階で食事をすると降りていった。誘われた潮井もキッチンに着くと、化粧箱からそばを取り出している所だった。大きな鍋で湯が沸くのを待つ間、弥田が尋ねてきた。
「他に気になることは?」
「いやぁ」そばのパッケージを確認しつつ答える。「特にない」
「ちょっとは拗ねてるかと思ったんだけど」
「何が⁉」
心当たりがなさ過ぎて笑えたが、弥田は顔を崩さず続けた。
「オレは君を、こと住吉家に関しては信用していなかった訳だよ。気を悪くする想定だったんだけれど」
ボコボコと沸騰し始めた。そばを入れ、指定のゆで時間で考えてみる。
「しょうがないんじゃないの……俺もよくするし」
「傷ついてはいるのね」
「きずっ、まあ友達なので紙で切ったぐらいには」
潮井の答えに弥田は笑顔だけで応えて、氷水でそばをしめた。
昼食をつるつるすすりながら、弥田は午後の予定を話し始めた。今日も潮井は運転手のようだ。
「レイさんが疎遠になった理由、オレは仕事にあると思うんだよね。潮は何か気づくことは無かった?」
情報を読みこんでいないと伝えると、弥田は二階からファイルを持ち出してきた。レイの担当はコンピューターが検知した不正の疑いのある取引を確認する仕事だ。誤検知と思われるものは却下するのだが、その数が少し多い取引先が何件かあった。潮井がそう言うと、弥田は頷いた。
「妹と距離を置いたほうがいいと思うような事情があるんだろうね。例えば、不正を隠したがる側に属し始めたとかさ」
「それは俺としても確かめるのが役目だな」
「ということで、今挙げてくれたところ順番に調べていこう」
「了解」
そこで一度仕事の話は打ち止めになり、再開されたのはお腹いっぱいで車に乗り込んでからだった。弥田は目的地にとある画廊を入力した。そこは調査対象に決めた取引先だ。
「いきなり行ってまともな情報が得られるの」
「アポ取ったよ」弥田が答えた。「オレの知り合いだから、不正に関わった経歴は無し。確認済みね」
車を走らせて画廊と提携している駐車場へ入った。駐車券を取ってとめるなり弥田はパッパと降りていった。
少し遅れて潮井が画廊に入ると、弥田は誰かに受付の奥へ案内されていくところだった。置いていく気満々のようなので、潮井はまず駐車場の割引処理をしてもらった。わずかな入館料を小銭で支払い通路へ進んだ。
油絵、水彩画、水墨画、種類がめちゃめちゃに並んでいる。売約済みの表示が付いた文字だけの掛け軸もあった。どういう括りなんだとスマホでホームページを探してみると若手の画家、特に学生の作品を中心に置いているらしい。
そう言われて見てみれば、作者名の横に学校名が記載されたものもあった。そうやって名札ばかりを眺めていると既視感のある名前を見つけた。視線をあげると懐かしい校庭が描かれていた。どうやら思い描いた生徒に違いないようだ。大学卒業後、教壇に立っていたころを思い出す。
「あの!」
呼びかけられて一歩引いた。他の客の邪魔になったと思ったのだが、彼は潮井の顔を覗きこんで「潮井先生ですよね?」と尋ねてきた。
「うん。久しぶりですね水瀬君」
「もしかして調べて来てくれたんですか⁉」
「ごめんね、たまたま」
水瀬が関西弁のイントネーションで話すのを聞くと、会うと思わなかったという気持ちが一番にくる。しかも、不正調査で来ているのだから会わない方が良かったかもしれない。
「そうですか、じゃあこの絵は? 覚えてくれてますか?」
「分かるよ。細かいところは違うけど、三年生の夏に描いていた絵だよね」
「はい! 丁度売れたばかりで、数日後に輸送されるので見てもらえて良かったです!」
水瀬は笑顔で応えてくれた。彼のように再会を素直に喜べればいいのだか、六号のキャンバスについた二十万弱の値札に潮井の気持ちは揺さぶられていた。これがただただ絵の好きな人の手に渡るだけならばいい。でも、大きなお金を動かすために使っている可能性を考えて今、弥田とここへきているのだ。




