部下の動向
「お待たせしました~。ま、どうぞどうぞ」
「すみません頂きます」
湯呑をもってきた弥田によって本松は初めて口を開いた。
「今日はご足労ありがとうございます。わが社で収集いたしました写真等につきまして、取り扱いのご説明をさせていただきたいと思います」
そう切り出すと、弥田は書類を広げて話始めた。潮井はそれを横で聞いているだけの人だった。三十分ほどで本松のサインを受け取り、説明は終了したようだ。
「以上になりますが、ご不明点などございましたらお答えいたします」
「あ、いえ不明なところは、ありません。大丈夫です」
本松の目が泳ぐ中で視線が合った気がした。何か言いたいことが、と思ったが弥田が席を立つとすぐに本松も腰を上げた。弥田は湯呑を持つと「オレ片付けるから、玄関まで見送って差し上げて」と潮井に指示を出した。
「時間を割いていただいてありがとうございました」
玄関で潮井は弥田に倣った言葉をかけた。それに本松は礼をしてまた潮井の目を見た。
「やめられてよかったです。こちらこそご迷惑おかけいたしました」
最後に深いお辞儀を残して本松は帰っていった。部屋に戻ると弥田の席は向かい側に移動していて、そこで脚を伸ばしていた。
「ちゃんとしてたっしょ~」
「俺を残したのは? それを見せるためだって?」
「君みたいな行動派もちゃんとフォローできるよってこと!」
自分の行動で結果的に退職した本松を思うと、大変身に染みた。いい雇い主だ。
「じゃあさ、ペーペーアルバイトの心配ごとも聞いてくれる?」
「ぜひ」
潮井は部下の住吉について話した。ころころ寝返りを打ちながら聞いていた弥田に「どう?」と尋ねる。
「気持ちは分かるけど、考えすぎだと思うね」
表情は見えないが足を投げ出して、どうでも良さそうだ。困った友人だが奴もプロ、自分で調べるうちに気になることがあればやる気を出すだろう。目下の問題は仕事の仲間に抱いてしまった疑いをどう解消するかだ。
外回りという体の外出から戻ると、会社は午前の小休憩中だった。カフェスペースから笑い声が聞こえてくる。
「潮井さん遅くなーい? サボりだ!」
「ね~最近よくいなくなるしね」
まずい、笑い話のうちに印象を改めないと。早足でそそくさとデスクに向かうと、後ろから追いかける様に足音が近づいてきた。振り向かずに歩いていると「潮井さん……!」と小さな声で呼び止められた。
「ああ、どうした?」
声をかけてきたのは住吉だった。
「さっきの聞こえたんじゃないかなって、私カフェスペースにいたんですけど」
思い当って「あ~」と応えた。聞こえたのは住吉の声ではなかった気がするが。
「皆さん本気で思って言ってるわけじゃないですから、気にしないでください! 頼れる人に隙が見えるとつつきたくなるというか、いじりたくなるというかそれだけですから」
必死に伝えてくるので、うんうんと頷きながら聞き届けた。
「ありがとう。多分、住吉さんが心配してるほど俺は気にしていないから大丈夫」
「そうですか……なにかあれば、おっしゃってくださいね」
潮井がもう一度感謝を伝えると、住吉は引き返していった。ありがたい、ありがたいのだが引っ掛かって頭をぽりぽりかいてしまった。気の利く人間だが、自分に対してここまでだっただろうか。何だかアンテナを張られている気がしてならなかった。
昼食をはさみ、午後からは住吉と動く予定だ。よくある事なのでいつまでも考え込んでいると支障をきたすだろう。なので、探りを入れてみることにした。これから二人で向かう取引先は、不正対策課のデータの中に名前があった会社だ。巡りあわせによっては何かぼろが出るかも。ほんのわずかな違和感でここまで思いこめる自分に呆れた。
「潮井さん!」
呼びかけに反射で口角をあげて反応する。住吉が来ていた。
「大丈夫ですか? 最近残業多いみたいですし、この案件でしたら私一人でも」
「いや大丈夫。食後の眠気が来ただけ」
必要ないガムを口に含んでから、住吉を伴い社用車で不動産会社へ向かった。
広報誌用のインタビューで約束を取り付けていたので、案内されたのはオフィス内の来客用スペースだった。背面にはポスターが張られている。早速、住吉がカメラで一枚押さえていた。今日の取材相手は住吉と同世代の若手社員だった。話しやすい雰囲気を、と先方の担当者と共に潮井は席を外した。
「やはり歳が近いほうが盛り上がるんでしょうね」
担当者の言葉に潮井は頷いた。「弊社の住吉がお世話になっております。今後もなにとぞ」
「ええ若手は宝と言いますから。ただ」
声を潜めて担当者は続けた。年代が離れているだけでコミュニケーションは難しく、何を考えているか分からないとはよく言ったものだと。
「住吉さんは女性の方ですし、なおさら頭を悩ませていらっしゃるのでは?」
「私は、そうですね。仕事を通して信頼関係が築けるように苦心しているところです」
潮井が笑って見せると、担当者は深く頷き返してくれた。ご機嫌を取れたようで何よりだ。
「住吉の仕事はいかがでしょう。行き届かないところは教えていただけるとありがたいのですが」
「よく顔を出していただいて、細かな疑問も聞いてくれるので助かっていますよ」
「嬉しいお言葉です。急な訪問でお時間取らせてしまったりなどは……」
「いえいえ、ちょっとした立ち話ですので」
それからプライベートでの交流が無いかなど、秘密の話ができる機会があったか探ってみたが成果は得られなかった。潮井が飲み会に誘われたところでインタビューが終了してしまった。
念のため足を運んだ昨夜の会は、酒の力を借りても怪しい話は出てこなかった。収穫なしの代わりに今朝は酔いがすっかり抜けた良い体調で弥田の事務所に休日出勤してきた。インターホンを押すと「二階へどうぞ」と言われ、出迎えの無いまま階段を上った。
扉が閉まっている。いつもより早く来たので潮井を迎える準備が整っていないのかも。ノックをすると弥田が応えたので部屋に入った。
「早いね。虫の知らせでも感じた?」
「いや、単に頼みがあって」
弥田が机の端に寄せた書類が、なんとなく都合の悪いものなのかと思いつつ踏み込まないでおいた。




