デスクワーク
食後にちょっとした睡眠と水分補給をしてから作業が再開された。目が疲れてきたので目薬を差して資料を見比べる。写真にはレイとつなぎに上着を羽織った人物。隙間からロゴが見えるので仕事帰りだろうか。頭の片隅に置いて資料を確認していく。
「なんかさぁ」
つなぎを着た集合写真があった。色味が似ていてつい手に取った。胸元のロゴも割と似ている。
「この中に居そう」
弥田が寄ってきて二人の目で顔を確かめていく。弥田の指がスッと一人に向かった。
「この人似てるね」
そう思う、と潮井は頷いた。
「よし、ではこの業務は君に任せる。オレはこの人物を調べることにするのでね」
写真と資料をかっさらうと弥田は二階へ消えていった。あと五時間、残りの写真は半分ほどなので二度確認すると丁度良さそうだ。
日が落ちても弥田は降りてこない。どころか電話で夕食の支度を指示してきたのでいっそのこと泊まることにした。ホットプレートを温めてお好み焼きの生地を用意すると、弥田も食卓へやってきた。
「仕事が捗ったようで。俺も役は果たしたけど成果は無しでした」
「ああそう、まあ地道にね」
大して気にしていない様子。きっと自分の仕事には手ごたえがあったのだろう。早速一枚焼いて軽く腹を満たすと、明日の話が始まった。
「まず、昼にレイさんの件で依頼主に中間報告をしに行く。夜は面接」
「朝からじゃないの、帰ってもよかったな」
「朝はミーティング。顧客に会うわけだからしっかり擦り合わせておかないと!」
潮井も報告に同席するようだ。面接は何かと尋ねると弥田は簡潔に答えた。
「ホテルの臨時スタッフだね」
「あなたが?」
首を横に振って弥田は潮井を指差した。トリプルワークの予感がした。「何で?」続けて聞いてみる。
「んーミーティングで話そうよ。オレは腹が減っているんだよね」
「本気でクビになるって。俺の休みはそんなに柔軟じゃない」
「そしたら正規雇用にするね! じゃ、次はもち納豆~」
話は次の具の提案に流されて、意識は食事に戻った。就寝は仮眠用だというベッドを貸してもらい、鍵を預かって泊まることにした。弥田は「自宅は別だから」と言って夜更けに帰っていった。
うっすら日が出てきた頃、散歩がてら朝食を買って戻ってくると事務所に弥田が戻ってきていた。
「おはよ~さすがにミーティングは早いか」
「いや良いよ、中身が気になるし。休憩か上がりの時間で辻褄合わせてくれ」
潮井がそう伝えると、二階へ上るよう促された。ペットボトルを一本拝借してから向かうと弥田はホワイトボードの前に座って待っていた。潮井の居場所はサイドテーブルが添えられたソファのようだ。食事を広げると弥田の話が始まった。
「まずは、ホテルバイトの詳細からいこうか。こちらの目的は不正なお金の繋がりを探る事! オーナーも出席する羽振りのいいパーティーがあるんだってさ」
ホテルのスタッフとして潜入して、オーナーの深い交流を見つけたいらしい。候補者が一気に集まる機会は好都合だ。
「さらに、昨日目をつけた人物だけどね。彼女が勤める会社のお偉いもいるから、うまくいけば二本釣りだよ!」
詳しい業務内容はバイトに採用されたのち、ホテル側から研修があるそうだ。未経験分野に不安を覚えていることは一旦流して「そうなればラッキーだけど」と返した。
「で、次ね依頼主との会食だけど。主にオレがすすめるから、潮は礼儀正しく気持ちのいい食事をしてくれたまえ。あちらが食事代を出してくださるそうだから」
加えて、つなぎの女性についてもレイの母へ尋ねるそうだ。
「つなぎの人物について情報は無いのか?」
「あるよ」
そう言って弥田は調べたことを共有してくれた。名前は原田、会社の寮に引っ越してきて三か月ほどになるという。狭いが格安の住居なのでお金を切り詰める事情があったのではないかとの推察だった。
「レイさんの引っ越し時期とも合うし、シェアハウス相手の第一候補でもあるね」
他には? と聞かれ、パーティーの日程だけ尋ねた。出勤日に被っていたので休みをもらわねばならない。幸い顧客との予定は入っていなかったが、ため息であった。
「じゃあ早く始めた分、昼まで休憩にしちゃおうか! オレ、ジョギングしてくる~」
ささっと支度を整えて弥田は出かけていった。潮井はキッチンを漁ってハーブティーを淹れた。急な欠勤をどう伝えたものか頭を悩ませていたら、うとうととソファに沈み込んで時間が過ぎた。
約束の店は繁華街にある有名店だった。駅から歩いてくると目印のように大きな看板を掲げていた。弥田が店に入り「予約の住吉です」と伝えると個室へ案内された。
「依頼主はあと三十分後の到着だってさ。先に頂いちゃおうか」
「待つもんじゃない?」
「大丈夫! あの方は自分の出したお金がきちんと活用されてるのが気持ちいい人だから。お得意様だし」
だそうなので飲み物を注文した。するとすでに料理も頼まれていたようで、円形のテーブルに皿が並ぶ。中華料理だ。完食しても構わないと弥田が言うので、存分に舌鼓を打った。
「失礼いたします。お連れ様がいらっしゃいました」
腹半分ほどになった頃、店員がノックと共にやってきた。弥田が通すよう返事をするとスーツ姿の女性が軽やかに入室し、向かいの席に座った。
「楽しんでいるようで何より。同い年の助手もいるなら量がいると思ったけど、正解だったようね」
「は~い美味しく頂いてます! 本日は助手の潮井も同席させていただきますのでよろしくお願いいたします」
弥田は一礼の後、潮井に「あちらはご依頼くださった住吉カオリ様」と紹介をした。潮井も続いて挨拶を済ませると話は早速本題へ移った。
「今回は経過報告となります。現在確認が取れているのはレイさんがカードの不正利用に関与しているという点のみです」
「そう」
「その他、動機や経緯などは目下調査中となります」
「少し進みが遅いようね」
「ご不便お掛けしております。ですので、今後の調査方針をご確認の上ご検討いただけますでしょうか」
彼女は、どうぞと手で促した。
「動機は金銭目的を有力視しております。ですが、こちらは根拠に乏しいので経緯の調査に伴い柔軟に対応してまいります。経緯に関してはご友人から勧誘を受けたのではないかと、我々は考えています。レイさんがシェアハウスをされていた相手のことはご存じですか?」
その質問に彼女は目を少し開き、「いいえ」と答えた。
「でしたら、こちらの方に見覚えは有りませんか?」
弥田が写真をというので、潮井は書類の中からつなぎの女性が映ったものを渡した。カオリは写真を確認すると「少し待って」とスマホを取り出した。
「……そちら、レイが通っていた高校の後輩ね。同じ部活動だったから、それなりの交流はあったはず」
「ご協力ありがとうございます。以上が現在の進捗です」
カオリは運ばれてきたお茶でのどを潤した。それから、返答を待つ弥田の目を捉えてひとつ尋ねた。
「不正の事実は確かなのよね。それを本人に問い詰めたら調査に支障が出る?」
「出ますね! ですが、ノーとは言わないのが私どもの売りです。そのうえでも調査を進めてまいります」
「なら依頼は継続で。もし、レイが自分ですべて話してくれれば依頼完了の連絡をするわ」
「かしこまりました。どちらの場合も満額で?」
「もちろん」
やり取りを終えると、満足したのかカオリは席を立った。「食事を楽しんで」と言い残して彼女は去っていった。
「美味しいねぇ、この店」
「あぁ美味しい。で、俺っている意味あったかな」
「顔見せだよ。重要な時、急に現れても信用されないでしょ。なんでもない時の積み重ねが大事なのさ」
目の前の皿が段々と空になっていく。空いたスペースに甘味を追加してもらい、満腹感を味わっていると弥田が時刻を確認していた。




