トリプルワーカー潮井
「面接の時間が近づいてきているけど、頭は回ってる?」
「食後のまどろみは感じてる。けど、さすがに仕事はできるよ。……やっぱりホテルのバイトは必要なのか」
「当然だよ。仮にレイさんの話で依頼が終了してもだよ? その時点で集まった証拠は渡すわけだからさ、どれだけ仕事が出来てたかって今後の評価に関わるから、ねッ」
決定は覆らないらしく、ごちそうになった後はパーティーの舞台となるホテルへ向かった。腹ごなしと思えば丁度いい距離を歩いてそこにたどり着くと、予定時刻ぴったりに出てきたホテルスタッフに潮井は中へ案内された。「迎えには来るからね」と弥田が手を振っていた。
「急なお願いを受け入れていただき、ありがとうございます」潮井が礼をした。
「いえいえ、いえいえ。ご丁寧な方が入られたようで何よりでございます。弥田事務所には今後もよろしくお願いいたしますので……」
事務的だが柔らかな口調の職員についていくと、まず制服のサイズ合わせが始まった。予備の中から体形に近いものを見つけて試着すると、次はマニュアル冊子を渡され実演を求められた。挨拶、接客事例を一通り倣ってやった。
「分かりました。では、身分証を確認させていただきましたら正式採用となります」
「ありがとうございます」
これでいいのか? と疑問に思ったが、そもそも弥田のコネありきのアルバイトなのでよほどでなければ受け入れる取り決めなのだろう。
「伊達井様のパーティ当日と、前二日を研修日として出勤していただけますか」
「……はい、よろしくお願いします」
「では、本日は以上となります」
数点の書類とマニュアルを渡されて潮井は裏口へ送られた。通りへ出ると弥田がベンチで待ちくたびれていた。
「歩き回ったら疲れちゃった。ご飯食べて帰りましょう」
再び歩いてファミレス。夕食には少し早い時間、端の席を選んで座った。
「面接の首尾は? 上々だったでしょ」
「三日間出勤だそうだ」
「がんばって!」
「二重三重に仕事ですから頑張りますよ。それで、俺がホテルですることってオーナー、原田さんと仲がよさそうな人間を見つけることでいいんだよな」
「うん、そう。パーティーに出てきそうな人物、まとめておいたから目を通しておいて。そしてなるべく覚えて」
ただ、と弥田は少し眉を垂らした。
「調査対象がね、ちょっと読めないな。君は? 面識あるんだっけ」
「いや、直接は無いはず。部下経由で名前と立場くらいは知られてると思うけど」
「なら、仮にパーティー会場へ現れても困らないかな?」
「しつこく接触しなければ、問題ない。念のため、彼女のいるフロアにはしばらく近づかないことにする」
簡単な報告を終え、潮井の目下の問題は計三日の欠勤を伝えることになった。レイが同じ会社に勤めていることを考えると部長以外には当日まで隠しておきたい。申し訳ないと思うほかには、優先度の高い仕事を済ませておくことがせめてものことだろう。
翌日、少し早く出社するとすでに部長がカフェタイムを過ごしていた。「おはようございます」の挨拶と共に同席させてもらい、素早く話を切り出した。
「大変申し訳ないのですが調査の件でお願いしたいことがありまして」
「何でしょう」
「来週、月火水とお休みと言いますか、社外での調査の許可を頂けませんか」
「えぇそこまでしなくていいと思うよ。あくまでデータの洗い出しで構わないって」
「いえ、少々個人的な事情もありまして、やらせていただきたいんです。欠勤でかまいませんので」
もう会社の業務を逸脱している。だが、依頼主に面会した以上アルバイトとはいえ事務所の看板を背負ったようなものだ。弥田がどういうつもりかは知らないが、中途半端に疑念を残すのも性に合わない。やりきることが潮井にとって最も自然な流れだった。
部長は納得いかなそうにしながらもカレンダーを確認し始めた。
「うーん、人員に余裕あるから有給にしておくよ。申請期限、間に合うからね」
「すみません、ありがとうございます」
「あとから慌てて消化するよりね、用事があるときに使っておきましょうね」
風邪が流行っている時期でなくて幸いだった。上司の気持ちをありがたく受け取り、本日の仕事に取り組もう。残業で進めていたデータの書き写しもいよいよ終わりが近い、アルバイトの終了地点も見え始めてきた。
昼休憩、弥田に無事三日間の休みが取れたことを電話で報告した。銀行の仕事の時間を増やしたいと伝えると、次の出勤は土曜日となった。
「それまでに情報の精度をあげておくよ。覚えることも増えるけど、いけるよね」
「分かった。割と得意だから心配すんな」
「はは、してね~よ。じゃあね!」
弥田が五日でどんな成果を出してくるか、楽しみにしておこう。代わりに潮井は会社の業務に励んだ。
それなりに罪悪感を払拭する仕事量を平日にこなし終え、潮井は最後のデータ写しを持って事務所へやってきた。なぜか徒歩の指示を受けたので、朝ごはんもそこそこに出発し早めの時間に到着した。インターホンを鳴らして中に入れてもらうと、玄関まで食事の匂いが漂っていた。
「何を作ってる?」
キッチンに立つ弥田に尋ねてみた。
「豚骨スープ。朝早いから時間かかって丁度いいなって」
「夜までかかるやつ」
「食べていきなよ」
鍋を火にかけているので、今日もリビングで仕事が始まった。持って来たデータを手渡して、これで銀行の調査は弥田の結果を待つのみになった。
「じゃあ次、オレの番ね。テストみたくヤマをはれるよう調べておいたから」
そう言って弥田は顔写真を一枚取り出した。
「こちら伊達井社長、レイさんの後輩が勤めている会社のトップ。最近、船を購入されたそうでどうにも懐が温かい様子。しかも、我々が潜入予定のパーティーは主催として全額お出しになられているそうですよ~」
芝居がかった口調で笑っている。いかにも裏で儲かっていそうな人物を見つけて、すでに獲物を得た気分でいるようだ。
「確かに怪しい、分かった注意する。けど、まだ決まったわけじゃないからな」
「うん、でもさ。事の次第では今日、確証がつかめるんだよね」
「今日? 歩いて来いっていうのはそのため?」
「まあ、それがあるからだね」
詳細を聞こうとすると、「大丈夫、潮はやることないから」と言ってパーティー参加者の情報叩きこみが優先された。結局、そのまま昼食になった。




