薄皮一枚ご対面
豚骨は当然仕上がっていないので、弥田が一本買ってきたチャーシューで食事をとることにした。言われたように肉を切り分けているとリビングが薄暗くなった。弥田がなぜかカーテンをぴっちり閉めていて、目が合うと疑問をくみ取って答えてくれた。
「午後から来客があるから、君の姿を見せないようにね」
「俺、帰ろうか」
「情報共有するから居てよ。相手に知られると都合が悪いだけだよ」
「誰が来んの?」
「レイさんご本人」
キッチンには豚骨と椅子とパーティー資料。「出ないでね」という言いつけを守り、潮井は鍋の番をしつつ暗記作業を進めていた。弥田はソファでだらけていたが、来客があるとスマホを仕舞いしわを伸ばして出迎えに行った。
「約束していました住吉レイです」
「お待ちしておりました。代表の弥田倒也と申します」
挨拶が交わされ階段を上る足音が遠くなっていく。潮井はスマホとつなげたイヤホンを装着した。重い扉を引く音が耳に響いた。
「あっ扉は、開けたままで結構ですよ。ご家族からの紹介とはいえ、密室はストレスでしょう」
「……いえ、お気になさらず。外からの音の方が気に障りますから」
「そうですか、ではそのように。まず私の名刺をお渡ししますので、再度ご検討の上よろしければご依頼内容をお伺いいたします」
沈黙が続く間、潮井は資料に目を通した。伊達井と原田たちの会社は半数以上が出席するようだ。全員に目を配れる技術はない。
「母から、助手の方もいらっしゃると伺ったのですが」
「ええ。助手は現場業務が多いのでお得意様以外には……企業秘密のようなものです」
資料を置いて耳を傾ける。
「その人は私と、いえ私がやったことと関わりの無い人ですか」
「個人に関するいかなる質問にもお答えできませんが、お客様へ故意に不利益をもたらすことはございません」
「分かりました。ひとまず、お話してご意見伺えますか」
弥田が先を促すと、レイはカード不正利用への加担を認めたうえで次のように続けた。
「もう足を洗いたいんです。後輩の原田も同意しています。ですが、二人で自首すればいいというものではありません。私たちは個人情報を知られていますので、上の人間も一緒に捕まって欲しいのです」
「ご事情お察しいたします。では、私どものどのような意見をお求めですか」
「証拠を押さえる計画をしています。詳細を聞いてうまくいくかどうか、考えをお聞きしたいのです。母の信用があるから、お話しすることです」
「もちろん、探偵はお客様の情報を口外いたしません。報酬を頂いていなくても、相談にいらした時点であなたもお客様ですから」
「報酬は払います相談料です。ですので、改善点があれば指摘してください。まず、私たちが所属しているグループの頭は伊達井社長です。伊達井社長は犯罪行為に繋がる名簿と帳簿を自分で管理していて場所を頻繁に変えているそうなのですが、それが今は社長所有の小型船の中にあると」
「それはどなたから?」
「原田です。船には防犯用のアラームが付いていて、鳴ると伊達井の携帯に自動で連絡が行くことも原田に聞きました」
「それで証拠はどのように手に入れるおつもりですか」
「原田が船に侵入します。社長が船のある場所から遠いホテルに行く日があるので、その時に。ホテルではパーティーを行うので私はそちらでスマホを盗るか、足止めをという計画です」
「うーん……そのまま実行はお勧めできかねます」
「私もそう思っています。指示に従っていただけの私たちが社長を出し抜く自信が無いのです」
「一つ。停泊場所ですが、会社の寮が近くにありますね。原田さんがパーティーに出席されないのなら、同じように不参加でご自分の部屋にいる社員の方もおられるでしょう。防犯アラームに気が付いたり、伊達井さんから連絡が行く可能性がありますね」
「自由参加だと聞いているので、あるでしょう」
「失礼ですがレイさんの情報源はすべて原田さんですか?」
「はい。社長がグループをまとめていることだけは他の人間からも聞きました」
「でしたら実行役はご自分にするのがよろしいでしょう、もちろん罪は増えますが。ほかにもいくつか保険をかけておきたいところですね、どうでしょうマルっとご依頼いただくというのは」
「費用はおいくらでしょう?」
「頭にある案だけでもひと月分のお給金は頂きたいのですが、お得意様のご紹介ですし……案件の性質上お手伝いできる範囲は限られますのでお安くします」
パチパチ音がする。話からして電卓だろう。
「失敗できませんから、どうぞよろしくお願いします」
「最善を尽くします」
弥田が依頼を取り付けたようだ。しばらくは事務的なやり取りが続き、煮詰まってきたスープを味見していると扉を開く音がした。イヤホンを外して椅子に腰を下ろすと、物音がじかに聞こえてきた。
「どなたかいらっしゃいませんか、こちら。物音がしているのですが」
一瞬ハッとして、そりゃそうだと落ち着く。豚骨の為に換気扇をガン回ししているのだから、うるさいぐらいだろう。
「いますよ」
「そうですか……助手の方ですか?」
「そうですね! ですのでどうかご遠慮下さい」
レイは静かに事務所を出ていった。「明後日には追ってご連絡します」と言って弥田が見送ったようだ。
「開けなかったね~良かった良かった」
「だいぶ急ピッチの仕事を受けたな。俺は明日からホテルだし、時間足りるのか?」
「課題は四つ。船本体のセキュリティと会社の寮はオレが対応を立てる。伊達井さんにいくセキュリティの通知と、原田さんの動きに関してはホテルの潮が担当してね」
「自分で考えるのか、明後日までに」
「オレも頭は使う。でも、期待してるから。なんでも思いついたら言って、頼み事するの得意だからさ」
「わかった、それも仕事だし。で、こいつも仕事と思って面倒見てたんだけどもう食べる?」
潮井が鍋を指差す。濁ったスープからお腹を刺激する香りが立っていた。
「食べよう! 食べて、それからちょっと出かけよう」
鍋の半分ほどに煮詰まったスープも、大袋の細麺も二人で綺麗に食べ終えた。部屋を換気しつつ小休憩をして、満腹感が落ち着いた頃になると弥田が身支度をし始めた。
「今日乗り物ないけど」
「一応バイクあるよ。免許ある?」
「排気量四百までなら乗れる」
返事を聞いた弥田は倉庫からヘルメットを二個引っ張り出して、潮井を家の裏手に案内した。そこには大きめの原付があった。車種を確認すると二人乗りに問題は無いようだったので、弥田を後ろに乗せて潮井はゆっくりと発進した。




