事前準備
弥田の案内に従い、立体駐車場のスロープをグイグイ上っていく。屋上へ到着したら端にバイクを停めて景色を見下ろした。少し先に川が流れている。
「ああ、船の位置ね」
「現場に近づきすぎて誰かに見られるわけにいかないし、ちょっと離れてるけど下見にはいいでしょ」
「俺も分かってた方がいいのか」
「こっちの作戦次第では来てもらうことになるかもよ?」
伊達井の小型船を探してみるが、何隻か泊まっていてどれか判別がつかなかった。住宅らしき建物も複数あり、潮井は寮も分からなかった。
「マップで見ると寮はあれ。だけど、船の方は近くで見ないとわっかんないな」
「寮の一番近くっていうのは単純か」
「さすがにそうは言い切れないね、細かい種類も調べておかないと。あとは寮の明かりも数えておこうか。オレが調べた住人数以上、部屋に電気がついてたら情報の精度を疑わないといけなくなる」
弥田は双眼鏡を取り出して、十一という数字を出した。次にデータを確認するとどうやら同じ数だったようだ。
「よかった、これでほぼ間違いない。それで、潮。出席者の顔は頭に入ってる?」
「まだ入れてる途中」
「じゃあ、寮に住んでる十一人の優先度をあげて。パーティーに何人行くかでオレの警戒度合も変わるからさ」
「分かった。というか、パーティーに潜り込む理由が変わったから、ヤマも張りなおすべきじゃないか?」
「ホントだよ、オレの手間が増えた!」
「こっちも増えた」
ホテルでは人間同士の接触を確認すればいいはずが、セキュリティ通知を誤魔化すという行動ミッションも追加されてしまった。明日のホテル勤務でいい案を考えつくことを祈った。
ホテル勤務一日目。今日は仕事を覚えること、会場を把握することに努める。規定通りに制服を着て一連の所作を模倣し、ホテルの先輩たちに挨拶をして回った。どんな計画を行うにしろ違和感を与えて警戒されては元も子もない。
パーティーの場所は地下一階の最も広い宴会場。潮井の役目は出入り口に立つ案内係、覚えることは比較的少ないが持ち場が決まっているので動きにくい役割だった。観察するだけなら非常にいい役目だったのだが、指導をしてくれている面接官に尋ねた。
「基本的にここから動くことは無いですか」
「はい。ですが、お客様からのご要望があれば臨機応変にお願いします。簡単なオーダーであればすぐに対応してください」
「例えば?」
「お手洗いのご案内などは持ち場を離れて結構です。分からないことがあった場合は焦る様子を見せず、他の者に声をかけてください」
では、と言って面接官は話題にあがったトイレなど会場周りの設備を教えてくれた。歩いて場所を確認していると、火災報知器が潮井の目にとまった。
「鳴ると困りますか」
「当然です。ホテル全体の非常事態になります」
「鳴ったら全館にアナウンスが行くような仕組みですか? これの音自体が外まで漏れるわけではない?」
「どちらもそうです」
それならばと、ひとつ案が思い浮かんだがすぐ口には出さなかった。確実に探偵業の了解が取れているのは目の前の面接官だけだ。頭の中で細かい点を詰めてから人のいない場所で確かめることにした。
一日の業務が終了して、おおよそのマニュアルを書き留めることが出来た。後はこれを覚えればバイトとして及第点だろう。潮井は臨時で鍵を持っていないので、面接官が戸締りついでの見送りに裏口まで出てきてくれていた。
「また明日もよろしくお願いいたします」
「はい。では私は職務に戻りますので」
「すみませんその前に少し」
背中を向けかけていた面接官は、潮井の声で振り返った。早めの退勤時間で周りに人気は無かった。
「こういった音を任意のタイミングで宴会場にだけ流すというのは可能でしょうか」
緊張の走るベルの音をきわめて小さな音量で面接官にだけ聞かせた。これが報知機の音を模したものだと察したようだ。
「お仕事に必要なものでしたら、可能でございます」
「お願いしてもよろしいでしょうか」
「かしこまりました。使う音を記録媒体に移してきてください。パソコンで再生します」
「ありがとうございます」
「いえ。では、お疲れ様でございました」
互いに礼をかわし、面接官は中へ戻っていった。潮井は鞄から出したフルフェイスのヘルメットを被って借り物のバイクにまたがった。目的地は昨日と同じ立体駐車場だ。
目的の建物が見えてきたところ、少し手前に店があった。シャッターは下りていたが、そこで弥田がスマホを覗いて待っていた。横にあった小さな駐車スペースに入ってからシールドを上げた。
「用事が済まなかったのか」
「いや」弥田はスマホを仕舞った。「済んだよ」
そう言ったので、潮井はもう一つのヘルメットを弥田に渡して後ろに乗せた。行き先を尋ねると事務所と返ってきたので、覚えのある道を滞りなく辿った。道中に弥田が何か喋っていたがよく聞きとれず、それは到着までお預けとなった。
「オレんとこ来るまでも道空いてた?」
事務所前にとめるなり弥田が聞いてきた。中へ向かいながら潮井が答える。
「だいたい一緒。さっき聞いてたのってコレ?」
「うん。走ってると声って届かないんだね」
話しながらリビングに入り、潮井はソファに腰を落ち着かせた。すかさずデリバリーのチラシが差し出されて、前祝の寿司か腹ペコ向きのハンバーガーかと迫られたので後者を頼んだ。宅配を待つ間、当然仕事の話が始まった。
「今日の成果はどうだった? というか、明日レイさんに計画書を送るからやる事が固まってないと厳しいよ」
「俺は策を一つ頼んできた」
潮井は報知器風の音を弥田に聞かせ、パーティー会場で流してもらうつもりだと伝えた。弥田は少し考えてから「悪くはない」と言った。
「スマホの音や振動を誤魔化しきれるとは思わないけど、場を混乱させられれば船の優先度が下がりそうだね。だから、もう一つくらい会場全体を巻き込む仕掛けが欲しいのと、音がチープだからそれはオレが調整するよ」
すぐに音源を用意するため弥田が二階へ上がっていった。待つ間に潮井はもう一つの仕掛けを考えていた。緊迫感を与えるためには聴覚以外にも刺激があったほうがいい、例えば焦げ臭、煙、熱さなんかだろうか。焦げ臭くするスプレー? 煙玉? 空調の温度を限界まで上げる? 聞き覚えが全くない代物もあるが、割と仕事の早い探偵の手を借りればどうにかなるかもしれない。
「おっ待たせ~メモリに入れたけど大丈夫?」
「助かる。ついでにもっと助けてほしいことができた」
「なに?」
先ほどの思い付きを話すと、弥田はホウホウと相槌を打ちながら最後まで聞いて答えてくれた。
「報知器の種類によるね。煙を感知するタイプならヒーターも足して異様な熱さを演出したいし……熱を感知するタイプなら、スモークマシンでも借りようか。置き場所は考えが必要だけど、香料で臭いをつけられた気がするから効果は期待できそう!」
「用意できる?」
「出来るよ。というか、あそこのホテルならあると思う。明日確認して無ければ連絡、オレ手配するから」
「おお。お前なんでも屋?」
「依頼のためなら何でも!」




