パーティ潜入当日
潮井側の課題に解決のめどが立つと、弥田は多少腰を低くした様子で頼みごとを口にした。
「そっちの役が終わったらさ、オレのこと迎えに来てくれない?」
「バイトが終わってから?」
「抜けて来てよ」
「マジかよ、不義理だな」
「早く現場から離れたいの。人手不足で雇われてるんじゃないんだし、あくまで探偵業務のためって先方にも伝えてんだから」
「危ない橋を渡るんだな」
「多分想像ほどじゃないよ。けど、真横で窃盗が行われるからね、長居して良いことなんかないんだよ」
潮井が了承すると、必ず顔全体を覆うヘルメットを被ってくることを約束させられた。弥田の作戦は秘密だそうで、潮井は全貌を知らぬまま当日を迎えることになった。
ピンとした髪型、制服、靴。申し訳程度に顔を誤魔化す眼鏡、従業員用のインカムと弥田と繋がったイヤホンの二つを下げた耳。スタッフルームの鏡で潮井は身なりを整えた。最終確認に面接官へ視線をやると「では行きましょう」と扉が開かれた。
会場は立食パーティーの用意が済んでおり、出入り口は基本一つ。他にも扉はあるが、今回は閉ざされていた。潮井の立ち位置は宴会場入り口付近、まずは伊達井がパーティー会場に入ることを確認しなければならない。参加者がやって来るまで受付の仕事を手伝いつつ、記憶の中の名前と名簿を照らし合わせた。ヤマをはった人物は漏れなく載っていたので、来場したら顔や体格も確かめよう。
やがて、ぽつりぽつりと招待状を持った客がやってきた。しばらくすると、すでに会場内に入った人間の視線がふいに外へ向いた。集団で受付をする客がおり、先頭を歩くのは伊達井だった。潮井は十数人いる来客対応を助ける様に受付へ入り、全員の姿を確かめた。年代様々な彼らは談笑しながら中へ進んで行った。
壁にペタリと背をつけて、微かな唇の動きで服の中に仕込んだマイクへ伝える。
「寮の住人、二名のみ未確認」
名前も合わせて教えると、弥田から「了」と短い返事がきた。加えて集中をそぐ雑音も聞こえ続けていたのだが、余計な声を出したくなくて質問は控えた。
潮井の作戦は準備が済んでいる。会場前方のステージに設置されたスピーカーには警報音を準備してもらい、その近くの閉じた扉の裏には匂い付きスモークマシンも用意してある。
だが、伊達井を混乱させる騒動にするために機会を選ばなければならなかった。伊達井の近くにいる原田がスマホを隠すなどしてくれれば最も穏便に済むのだが、と思いつつ会場内に視線を向けた。事情を知っているからだろうか、潮井の目には原田があたふたして見えた。
いつまでも覗いているわけにいかず正面に姿勢を正すと、両手のお盆にグラスを乗せた従業員がゆっくりと歩いてきていた。近づいてきて目が合ったので「お手伝いできることは」と声をかけた。
「すみません、こちらを持って後ろに着いてきてもらえますか……!」
片方のお盆を受け取り、潮井は会場へ足を踏み入れた。先を行く従業員は参加者たちへ順番に飲み物を勧めていった。人数の多いエリアに近づくと、潮井も反対側から勧めていくよう促された。
やがて会場前方で談笑する伊達井一行のもとへたどり着いた。端からなみなみつがれたグラスを渡していくと、原田はわたわたと伊達井のそばへ寄っていった。
「お飲み物はいかがでしょうか」
「頂きます!」
元気いっぱいに返事をして、原田は色鮮やかなドリンクを選んだ。渡し終えた潮井が一歩下がった途端に「見てください!」と勢いよく人の輪に振り向き
「おい!」
パシャンと見事に撒き散らした。咎めた伊達井はきちんと察知して飛沫を避けていた。
「あっ……ごめんなさい」
しょんばりとした原田に従業員が「お気になさらず」と声をかけていた。シミの出来た場所から人が離れていき、行き場を探す視線がさまよっている。
「よろしければあちらのテーブルにどうぞ。料理はお運びいたします」
潮井が声をかけると、何人かが頷いた後に皆が移動した。幸い、ドリンクがかからずに済んだ手つかずの皿たちをステージ前のテーブルへ運んだ。彼らが緩やかに会話に戻っていく中、原田は一人しゃがみ込む従業員に頭を下げながら会場出口へ向かっていった。
トイレで反省でもするのかと後をつけていくと、廊下の角でスマホを取り出した。電話をかけているようなので声が聞こえるよう、備品の手入れをするそぶりをして近くに留まった。
「あぁ先輩どうしよう、やっぱり上手くいきません……もうこのまま社長に面倒見てもらっている方が」
かすかに「ふざけないで!」という怒りが耳元に聞こえてきた。弥田の近くでレイが電話に出ているようだ。
「だって、無理なんです何にも出来ないからこうなっているんです……」
原田は電話を切った。トボトボと来た道を帰ってくるので、潮井は姿勢を正しお客様へ礼をした。会釈で返した原田がゆっくりと立ち止まる。
「あ、先ほどは……あの、お酒ってありますか? 少しでいいのでカツンとくるやつ」
「でしたらカクテルの、ノックアウトはいかがでしょうか」
「ください。良く分かりませんが、強いお酒ですよね」
簡単にレシピを説明すると、原田は改めて飲むと言った。
「かしこまりました。お持ちいたしますので会場内でお待ちください」
原田の背を見送り、潮井は機材室へ向かった。そこでは面接官が各所から飛んでくる連絡をこなしながら待っていた。
「お時間ですか」
「はい、お騒がせしますがご協力お願いいたします。十分後に鳴らしてください」
面接官は機械に表示される秒単位の時刻を指差した。
「ここからきっかり十分。承りました」
潮井はお辞儀をして部屋を出ると早速、サービス係にカクテルを頼んだ。出来上がるまで持ち場に戻り原田の様子を見ていると、伊達井たちの輪から少し離れた壁にもたれていた。ほどなくして潮井の元にカクテルが届いたので、一直線に原田の元へ向かった。うつむいていた原田は「お客様」と声をかけられてやっと潮井に気が付いたようだった。
「お待たせいたしました、ノックアウトでございます」
原田は受け取るなり一気にそれをあおった。
「あぁすんごい……」
原田の目が開き、伊達井たちを気にする視線が見えた。潮井は時間が決まっているので早々にその場を離れたが、酒の力で騒動を大きくしてくれることを願った。
警報音に合わせてスモークマシンを作動させるため会場の脇へ向かう。機械をあたためるのに五分ほど余裕が必要なので、ついてすぐに電源を入れた。時間を見ると丁度同じタイミングで動き出しそうだ。
会場内とスモークマシン、どちらも見える位置に待機する。周りに人がいなかったので間違いの無いようにハッキリと作戦実行の時刻を弥田に伝えた。
「こっちもいい風吹いてるよ。初動を見守ったらオレの迎え忘れずにね!」
「了解」
残り三分が長く感じた。いつもより呼吸が浅く落ち着かないが、最後に怪しまれて台無しには出来ない。意識して緩やかな呼吸を繰り返していると、先にスモークマシンが動き出した。煙を吐き出し始めたのを確認して潮井は裏口側へ移動した。




