探偵職業体験
「防音だから閉じてくれる?」
言われた通りにすると「個人情報とか機密性の高い話はここでするんだ」と教えてくれた。
「で、今日は潮井の仕事やるから。概要説明するねー」
潮井がすすめられた椅子に座ると、弥田は壁にかかっていたカーテンを巻き上げた。後ろにはホワイトボードがはめ込まれていて、弥田はその前で話し始めた。
銀行には貸金庫と言って、お客が大切なものを預けて置けるサービスがある。潮井がデータを渡した店舗ではその警備システムに不具合が起きる頻度が高かった。特に本松という職員が担当の時に多く見られた。
「貸金庫の中身に手をつけるって事件、職場で聞いたな」
「そう、オレもそう思ってね」
それから弥田の案内で二人は貴金属の買い取り店に向かった。コインパーキングに駐車して大通りの裏に回ると、くすんだ壁の店に弥田が入って行った。
「お疲れ様でーす」
「はい。用件は?」
ベストを着た店員が何事もなく弥田を迎えた。弥田は小さな鞄から人物写真を取り出して「見たことあります?」と尋ねた。
「あるよ、また調査?」
「そうなんですよね~詳しく教えてもらえますか?」
潮井が居所なくショーケースを眺めている間、目の前の金についての話がされた。写真の人物本松は、金を売って代わりに同じ大きさの純度が低く価格も安い別の金を買って帰ったそうだ。
「差額いくらでした?」
「ザッと百万くらい。でもね、買戻してったよ最近」
そこまで聞くと、弥田が礼をして出ていったので潮井も後に続いた。次の目的地は宝石店でこちらは弥田が入るなり温かいお茶が出てきた。
「どうせお買い物じゃないんでしょう。お連れ様とごゆっくり、私もゆっくり」
大きな真珠のネックレスをつけた店員が弥田の前に座った。さあ話してと言わんばかりだ、弥田は先ほどと同じく尋ねた。
「顔はあんまり、覚えられないのよね」店員が答えた。
「じゃあこっちならいけます?」
弥田が紙を一枚差し出すと、店員は調べると言って奥に引っ込んでいった。
「何渡した?」
姿が見えなくなってから潮井が聞くと、弥田は本松の身分証の情報とダイヤモンドの取引があったのではないかという推察を伝えたと言った。戻ってきた店員は、その推察を肯定する答えを持って来た。
「一回しか来てないし、宝石も身に着けてなかったしどうりで覚えてなかったワケ」
「あッじゃあ思い出してくれました?」
本松はダイヤの買い取りとブリリアンカットのジルコンの販売が記録に残っていたという。見た目が似た石を選び、差額の三百万円近くを懐に入れて帰ったと店員は言った。
「ありがとうございました~」
またしても手ぶらで店を出て弥田の入れたナビ通りに車を走らせる。最中、弥田は簡単に話をまとめた。本松は始めに金庫の中の金を持ち出してすり替え、差額の百万を手に入れた。しかし、本来の持ち主が金庫を開けに来てしまい、何度か不具合で誤魔化したものの危険を感じた。だから、すり替える物を金からダイヤモンドに変えた。
「よって、現在貸金庫にはダイヤモンドの代わりにジルコンが入っている。オレの推理ね」
「それは、そうっぽいな。確かめるのも難しくない」
潮井は納得したうえで、ひとつ尋ねた。
「不具合で金庫を開けるつもりがないなら、偽物を仕込んだのはなぜ?」
「ビビってたんじゃない。本松だけが金庫の担当なわけじゃないんだし」
自分の不在時に誰かが開けるかもしれない。その不安に対して、ものが在るか無いかは非常に重要だ。特に自分の心にとって。潮井の中ではとても腑に落ちた。弥田は「もっと聞けよ」と不服そうだったが、事務所へ着くころには眠りこけていた。
翌日、午後から社用車に乗り込んで本松の所属する店舗へやってきた。潮井が挨拶をしながら店内を進んで行くと、職員たちは咄嗟に返してくれた。たまに顔を出す程度では「誰?」と思われていて当然か。事前に連絡をしていた支店長と、入れ替わりで帰っていったいつもの清掃員は平然と挨拶をくれた。
「すみません、急な訪問になってしまって」
潮井が礼をすると、支店長は「いえいえ」と微笑んだ。
「お客様の要望ですから。それに丁度窓口業務は人手不足で、一時的でも気が楽になります」
「よろしくお願いします。細かいことは……」
潮井は窓口に視線を向けた。こちらを伺っていた職員が視線を逸らした。
「あちらの方に伺えば大丈夫ですか?」
支店長の了承が得られたので、先ほどの職員へ近づいていく。足音で察したのか、振り返った胸元には「本松」と名札が付いていた。
「総務部の潮井です。一週間、午後の窓口業務をお手伝させて頂くことになりました」
「そうなんですか……その、よろしくお願いします」
本松は一通り業務の手順を説明してくれた。久しぶりなので思い出しつつ、丁寧にやればできそうだ。二件ほどお客様の頼みをこなすと、のぞき込んできていた本松はやっと腰を下ろした。
「大丈夫そうですか? なにかあればおっしゃってくださいね」
潮井の確認に本松は「問題ないです、はい」と答えた。窓口に並んで座ったが店内は静かだ。少しの間をあけて、本松が口を開いた。
「あの……」
はい、と潮井は隣に視線を向けた。
「本店の方が来られるなんて、何か不手際がありましたでしょうか……」
目が泳いで、指を忙しなく絡ませている。落ち着きを無くしていると思った。
「いえ! 人の問題ではないですよ」
潮井は困り眉をしながら、システムの不具合について話した。本松は頷きながらも視線を逸らした。
「近いうちに点検をする予定ではあるんですが、お客様の方からご連絡がありまして」
投げ込んだ餌をつつかれた気配がした。
「心配だから早急に中身を確認させて欲しいとのことで、念には念を本店の人間の立ち合いをご希望されていまして……それで」
「その、お客様というのは」
食いついてきた相手に、ダイヤモンドの持ち主の名前を伝えた。
「早ければ明日にも確認されたいそうですよ」
本松が分かりやすく目を見開いた時は、さすがに気持ちよくなりかけた。
昼休憩、本松は始めから終わりまで外出していた。潮井は弥田に連絡した後、見張りもかねて職員たちと店舗で出前をとった。雑談で本松の印象を尋ねてみると「よくしらないけど仕事はきちんとしている」と返ってきた。動機に関わりそうな話は一つも出てこなかった。
夕方終業。穏やかにねぎらい合いながら、出入り口の施錠を確認した。支店長に礼をしながら本松が車で一番に立ち去るのを見て、潮井も扉の前から離れた。




