26:叱責(2)
「……なっ!?」
「お義父様、それは……!」
シルヴァン様と同時に、コレット様も勢いよく立ち上がった。
「今回の件、私は何もしていません!それはシルヴァンが証明してくれました!お義父様も彼の説明をお聞きになったのでしょう!?」
「黙れ、コレット。お前に発言を許可した覚えはない」
お義父様の低い声が、空気を一瞬で凍らせる。
コレット様はビクッと肩を震わせ、そのまま力なく椅子へと腰を落とした。
反論したいのに、恐怖が勝って何も言えないのだろう。彼女は俯いたまま、唇を噛み締めた。
「確かに、今回の件にお前は関係ない。だが、それ以外の件でお前は重大な罪を犯した。……そうだな?シルヴァン」
「……エチカへの嫌がらせのことでしょうか?」
「違う。確かに、コレットのしたことは褒められた行為ではないが、その程度で離婚までは要求しない。コレットのやった陳腐な嫌がらせなど貴族社会ではよくあることだからな。問題はそこじゃない」
「じゃあ、コレットの罪とはなんですか?」
「とぼけるなよ、シルヴァン。本当はわかっているのだろう?」
「それは……」
シルヴァン様は視線を落とし、拳を膝の上で固く握りしめた。その沈黙は、彼がすでに答えを知っていることを物語っていた。
「いい加減に目を覚ませ。お前とエチカのくだらない噂の出所を探ったのは、他ならぬお前自身だったではないか」
「あの、父上。それはどういうことでしょうか?」
先輩が困惑した声を上げる。
まだ何も気づいていないらしい先輩に、お義父様は呆れたように深くため息をついた。
「よく考えてみろ、エリック。シルヴァンとエチカの噂は確かにルネが流したものだった。だが、彼女は実家のゴーシェ伯爵家の人脈を使わずに、別邸のメイドを使って噂を流した。社交界にまで噂を流す気がなかったからだ。彼女の動機から考えても、モンフォール家の中だけで流れれば良かったのだろう。……にもかかわらず、噂は社交界にまで流れた。つまり、この家の中に、噂を外へ積極的に広げた者がいるということだ」
「それが、コレットだと……?」
「ああ、そうだ」
お義父様は冷ややかに頷いた。
彼の視線がコレット様に向けられた瞬間、彼女は小さく身を縮める。
「根拠のない噂だったから私も妻も、さして問題にはしていなかった。この程度の噂くらい軽くあしらえなければ、貴族社会ではやっていけないしな。……だが、予想以上に噂が広まってしまった。これは私の落ち度ではあるが、まさか身内にモンフォールの名を貶める行いをする奴がいるとは思わなかったよ」
「ち、父上!噂に関しては……僕が訂正して回ります。エチカにも相応の謝罪をします。賠償が必要ならそれも……!」
「シルヴァン!!」
お義父様の怒号が食堂に響いた。私は思わず肩を跳ねさせた。
シルヴァン様も息を呑み、顔を強張らせた。
「悪あがきはもうやめろ。離婚を命じた理由はそれだけではない」
「……」
「経歴の詐称。知らないとは言わせないぞ?」
「そ、それは……!」
シルヴァン様の声が震える。その反応を見た瞬間、お義父様の目は、また冷たく細められた。
「別に、コレットの学園での成績が悪かろうが、こちらとしては一向に構わない。だが、自分の見栄の為、王立の教育機関の信用を揺るがすような不正を働く女にモンフォールの名を名乗らせたくはない」
自分の私利私欲で不正を働く人間を家に置いておくことはリスクでしかない。
王家に睨まれたくはないと、お義父様は鋭い視線をコレット様に向けた。
コレット様は顔を真っ赤にして俯いた。怒りか羞恥か、判別できない震えが肩に走っていた。
「シルヴァン。不正を知りながらもなお、この女を手放そうとしないお前には心底がっかりしている」
「父上……」
「お前には次期公爵としての覚悟が足りていないように見える。愛のためと言えば聞こえは良いが、モンフォール家に不利益をもたらすかもしれない情報をもみ消そうとした行為は、次期当主にふさわしい行動とは言えない」
「すみません……」
「もしお前がここまで言われてもコレットとは離れたくないと言うのなら、その時は家名を捨てなさい。お前がただのシルヴァンとして、これからもコレットと共にあると言うのなら、私は何も言わん。……まあ、次期モンフォール公爵ではなくなったお前に、コレットが興味を持つかどうかは不明だがな」
その言葉は、シルヴァン様の胸を鋭く刺した。
シルヴァン様は何も言えず、ぎゅっと目を閉じる。
お義父様は小さく息を吐き、コレット様を見た。
「コレット、今すぐに荷物をまとめろ。反論は許さない。お前の実家にはもう全てを報告してある」
「そ、そんな!ひどいわ!」
「お前の実家には、『コレットが大人しく離婚に応じるのなら、共同事業の権利をこちらに渡すだけで許してやる』と伝えている。しかし、もしお前が駄々をこねると言うのなら話は別だ。魔法学園での不正の件を王家に報告する」
「父上……!?」
王立の教育機関における不正は、単なる規律違反では済まされない。王家の名のもとに保証された信用を損なう、重大な背信行為である。
シルヴァン様もそのことは十分理解しているようで、焦った様子で声を上げた。
だが、コレット様の方はいまいち理解していないらしい。彼女はお義父様の発言を鼻で笑った。
「も、もう何年も前の不正を告発したところで時効です……!それよりも、こんな不当な形で私を追い出したモンフオール家の方がよほどダメージが大きいと思いますけれど?」
「それはお前が社交界の金の薔薇と言われているからか?」
「そ、そうです!社交界の金の薔薇と呼ばれる私を、こんなくだらない理由で追放したとなれば……!」
「なれば?どうなると言うんだ?」
「き、きっと多くの貴族が黙っていませんわ!私、こう見えて社交界には多くの友人がいるのですよ!?」
コレット様は自信満々にそう言った。
けれどお義父様は、堪えきれないとでもいうように声を出して笑った。
その笑いは嘲りではなく、呆れと皮肉が混ざった乾いたものだった。
「そうかそうか。これは愉快だ。お前は金の薔薇をそう受け止めていたのか。ちょっと意外だな。意味がわかっていて、あえて聞き流しているのだと思っていたが、違ったのか」
「…………え?」
「金の薔薇……そうだな。確かに金の薔薇だな」
お義父様はコレット様を上から下まで見て、もう一度、今度は静かに嘲笑を浮かべた。
「自然には決して咲かない金の薔薇。見た目は美しく、値段も高価だがそれだけだ。飾る分には良いが、所詮は偽物。香りもなければ、季節に応じて咲くこともない」
「……どういう、意味ですか?」
「妻としては見栄えがいいが、それだけ。中身は取るに足らない……という意味だよ」
「……なっ!?」
そこまで言われてコレット様はようやく、金の薔薇の意味を理解したようだった。
やはり、貴族の言い回しとはわかりにくい。私だったら絶対に褒め言葉と受けとってしまうだろう。
私は思わず、なるほど、と呟いてしまった。
だが、それがよくなかったらしい。
コレット様は真っ赤な顔でこちらを睨むと、テーブルの上に置いてあった花瓶を掴んだ。




