第2話:過労死寸前の皇太子府と、怠惰を極める元社畜
「——おい! これはどういうことだ! なぜ誰も処理できていない!!」
朝の光が眩しく差し込む帝国城・皇太子執務室。
普段なら優雅なクラシック音楽と上質な紅茶の香りに包まれているはずのその部屋は、今や崩壊寸前の修羅場と化していた。
デスクの周りには、天井に届きそうなほどの書類の塔が幾重にもそびえ立ち、床には入りきらなかった羊皮紙が雪崩を起こしている。
第一皇子アラン・フォン・ガルディアは、乱れた金髪をかきむしりながら、青ざめた側近たちに向かって怒声を上げていた。
「申、申し訳ございません殿下! こちらは隣国との交易協定に関する修正案でして……専門的な魔法会計の知識が必要なため、私どもでは手が出ず……!」
「こちらは地方領主たちからの陳情書でございます! 昨日の夕方までに返信を出さねばならなかったのですが、メロン様が作成されていたはずのフォーマットが見当たらず……!」
「嘘だろ……!? いつもなら朝起きれば、私(僕)のデスクに綺麗に分類された書類が提出されていたはずだぞ!?」
アランは信じられない思いで書類の山を見渡した。
今までアランが行ってきた「優秀な皇太子」としての仕事——行政の監督、予算の分配、他国との外交文書の査読、さらには騎士団の備品管理に至るまで——その【九割以上】は、すべて婚約者であったメロン・フォン・パフが一人で裏で処理していたのだ。
アランがやっていたことといえば、メロンが完璧に仕上げた書類の末尾に、どや顔で自分のサインと印章をポンと押すことだけ。
それだけで周りから「アラン殿下は素晴らしい名君だ」「若くしてこれほどの執務をこなされるとは」と絶賛され、自分は天才なのだと本気で勘違いしていたのである。
「くそっ……! メロンの奴、引き継ぎくらいしていけ! 追放されたからといって、私に嫌がらせをするつもりか!?」
「殿下、それは筋違いというものです……」
おずおずと手を挙げたのは、文官長を務める老貴族だった。
「メロン様は昨日、殿下自らの手によって『即刻廃嫡・娼館へ追放』と宣告されました。荷物の整理すら許されず、騎士に引き立てられて出て行かれたのですから、引き継ぎなどできるはずもございません」
「ぐ……っ! だが、あいつはパフ公爵家の娘だろう!? 帝国の公務を放棄するなど、不忠にもほどがある!」
「そもそも、パフ公爵家からのカンパ(資金援助)も今朝方正式にストップいたしました。公爵閣下は『我が娘を無実の罪で汚し、娼館へ叩き落とした皇室に一分たりとも金は出さん』と激怒しておられ、我が国の来年度予算は早くも赤字転落の危機でございます」
「な……なんだと……!?」
アランの顔から一気に血の気が引いていく。
その時、執務室の扉が遠慮がちに開いた。
「アラン様ぁ……」
可憐なピンク色の髪を揺らし、涙目で入ってきたのはヒロインのマリアだった。
「マリア! 来てくれたのか!」
「ええ、アラン様が大変だとお聞きして……私、何かお手伝いできることはないかと思って……」
マリアは胸の前で手を組み、儚げな笑みを浮かべる。
アランは一瞬で表情を和らげ、彼女の肩を抱き寄せた。
「ああ、マリア! やはり君は天使だ! メロンのような高慢で陰湿な女とは大違いだ! よし、君も手伝ってくれ。メロンにできて君にできないはずがない。さあ、まずはこの地方税の繰り越し計算から……」
アランが差し出した羊皮紙を見た瞬間、マリアの表情が硬直した。
そこに書かれているのは、複雑極まりない高等魔法算術と、多言語で記された貿易関税率の計算式である。
「え……あの、アラン様? 私、平民の孤児院育ちですので、難しい文字や数字はちょっと……」
「え? しかし君は『聖女』の素質があり、アカデミーでも優秀だと……」
「だってぇ! 私の得意なのは、みんなに優しくすることと、傷ついた人を癒やすことですもの! こんな地味でつまらない計算なんて、男の方か……メロン様みたいな可愛気のない女がやればいいじゃありませんかぁ!」
マリアはぷいっと横を向いた。
(何なのよこれ!? 私が読んだ乙女ゲームでは、悪役令嬢を追放したら皇太子様と甘々ハッピーエンドになるはずじゃないの!? なんで私がこんな埃っぽい部屋で書類仕事させられそうになってるのよ!?)
マリアの本音を知る由もないアランは、「ぐぬぬ……」と唸り声を上げた。
確かにマリアに計算を期待するのは無理がある。しかし、目の前の書類の山は一刻の猶予もないのだ。
「と、とにかく! 誰でもいいから計算のできる文官を集めろ! 徹夜で処理させるんだ!」
「殿下……すでに文官たちは、ここ三日間の連勤で過半数が倒れております……。これ以上の残業を強制すれば、暴動が起きかねません……!」
「知るか! 皇太子である私の命令だ! 眠ることも休むことも許さん! 終わるまで全員働けぇぇぇ!!」
皇太子執務室に、地獄のような怒号が響き渡った。
かつてメロン一人が涼しい顔で片付けていた業務量は、いまや数十人の文官を潰し、皇室の機能を麻痺させ始めていたのだった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
王都の裏通りにある高級娼館『宵闇の月』。
「……んっ……ふあぁぁぁ……よく寝たぁ……」
午前十一時半。
燦々と降り注ぐ木漏れ日の中で、メロン・フォン・パフ(水里由衣)は大きな欠伸をしながらベッドの上で伸びをした。
シルクのパジャマに身を包み、前世では考えられなかった「睡眠時間十時間」を達成した彼女の肌は、ツヤツヤと輝いている。
「最高……睡眠ってこんなに素晴らしいものだったのね……。目が乾いてないし、肩が重くない……!」
メロンはベッドから起き上がると、昨日ショップで購入した【フットマッサージャー】に足を突っ込み、ボタンをポチッと押した。
ウィーン、ウィーン。
「はぁ〜……極楽極楽……」
温熱モードの心地よい揉みほぐしにうっとりしていると、部屋の扉がノックされ、オーナーのローズがお盆を持って入ってきた。
「あらメロン、やっと起きたのね。お昼前だけど、朝食兼昼食を持ってきてあげたわよ」
テーブルに並べられたのは、焼き立てのクロワッサン、新鮮な野菜サラダ、カリカリのベーコン、そして淹れたてのフレッシュなミルクティーだった。
「わぁぁぁ! ローズ様、ありがとうございます!」
「ふふ、いいのよ。公爵令嬢様だった貴女にこんな質素な食事で悪いわねぇ」
「何をおっしゃいますか! 前世……じゃなくて以前の私は、デスクの上でカップ麺か、賞味期限切れ間近のコンビニおにぎりを片手間に流し込むような生活だったんですよ!? 温かいご飯が座って食べられるなんて、神の恵みです!」
「……貴女、パフ公爵家でどんな生活送ってたのよ……?」
ローズが若干引きつつも温かい目で見守る中、メロンは至福の表情でクロワッサンを頬張った。サクッとした食感とバターの香りが口いっぱいに広がる。
(ああ、生きててよかった……! これよ、これが人間らしい生活よ!)
満足気にお茶を飲んでいると、脳内にあの機械音が響き渡った。
——ピコン!
『プレイヤー、おはようございます。現在の皇太子府の惨状をリアルタイムモニタリングしますか?』
(あ、システム。おはよう。モニタリング? 見られるの?)
『はい。悪役ポイントを所持しているため、監視ウィンドウを生成可能です』
メロンの視界の端に、小さな画面が浮かび上がった。
そこには、目の下にクマを作り、髪をボサボサにしたアラン皇子が、「計算が合わん! なぜだぁぁ!」と書類を投げ散らかしている姿が映し出されていた。
その横では、マリアが「もう嫌! お家に帰る!」と泣き喚き、文官たちが次々と白目を剥いて倒れていく地獄絵図が展開されている。
(うわぁ……懐かしいなぁ。デスマーチ中の我が社の開発室にそっくり)
『現在、アラン皇子の精神的ストレス値は89%に達しています。プレイヤーが抜けたことによる業務遅延は120時間を超え、帝国経済に甚大な影響が出始めています』
(自業自得ね。引き継ぎ期間も設けずに即日解雇するからそうなるのよ。労働基準法があったら一発アウトね)
『ピコン! 【元職場の崩壊を遠くから鑑賞する】:悪役ポイント+200pt!』
『ピコン! 【無能な上司が自滅する様子を楽しむ】:悪役ポイント+300pt!』
(観てるだけでポイント入るの!? 最高じゃん!)
『ええ、読者層から「ザマァ展開が心地いい」「メロン様のいない皇太子府の無能っぷりが最高」と大好評です! ポイントの合計は現在【3600pt】となっております!』
「ねえローズ様」
メロンは紅茶のカップを置き、優雅に微笑んだ。
「今日のお仕事は何をすればよろしいかしら? 私、お掃除でもお皿洗いでも何でもしますわよ!」
「そうねぇ……メロンちゃんにはまだ夜の接客はさせられないし、昼間はうちの店のサロンで、訪れる奥様方の相談相手にでもなって貰おうかしら」
「お悩み相談ですか?」
「ええ。うちは裏通りの店だけど、高級店だからね。夫の浮気や家庭の不満を抱えた貴族の婦人たちが、コッソリお茶を飲みに来るのよ。貴女なら、公爵家の教養もあるし、良い話し相手になれると思って」
(お悩み相談ね……。前世で理不尽なクライアントの愚痴を何時間も聞き流し、適当に相槌を打ちつつ解決策を提示してきた私のコミュニケーションスキルが試されるわね)
「喜んで引き受けますわ! どんなお悩みでもドーンとお任せください!」
◇ ◇ ◇
午後一刻。
『宵闇の月』の一階にある洗練された喫茶サロン。
最初にメロンの元を訪れたのは、見るからに神経質そうな高級貴族の婦人——バークレイ子爵夫人であった。
「はぁ……もう嫌になりますわ。うちの主人ったら、最近若いメイドにうつつを抜かして、私に生活費も渡してくれないのです……。これではサロンのお茶会にも出席できませんわ……」
夫人は目元をハンカチで拭いながら、溜め息をついた。
メロンは優しく微笑み、ショップで購入した【極上安眠アロマオイル】を垂らした加湿器のスイッチを入れた。甘く落ち着く香りが漂う。
「まあ、それは大変でございますわね、子爵夫人。おつらいお気持ち、お察しいたします」
「ええ、ええ……! 私が何を言っても『嫌なら出ていけ』の一点張りで……私はどうすればいいのか……」
「なるほど……言わば、ご主人は『立場の優位性を利用したハラスメント』を行っているわけですね」
「ハ、ハラスメント……?」
「ええ。夫人の内助の功があってこその子爵家ですのに、それを軽視するなど言語道断。……夫人、ご主人の財産管理や、裏の金銭トラブルについての証拠はお持ちですか?」
「え? 証拠……? いえ、そこまでは……」
メロンはニッコリと笑い、懐から一枚のメモ用紙とペンを取り出した。
「では、今日から『日記』をおつけになってくださいませ。何月何日、ご主人がどのような暴言を吐いたか、いくら生活費を不払いにしたか、メイドとどこへ出かけたか。時間と場所、具体的な発言を正確に記録するのです」
「に、日記……?」
「ええ。そして、ご主人が管理している帳簿の控えを、こっそり複写しておいてください。弁護士(法曹貴族)を立てて離婚調停、あるいは財産分与を請求する際、その日記と帳簿は『客観的かつ絶対的な証拠』となりますわ。ご主人が言い逃れできないよう、じっくりと外堀を埋めていくのです」
メロンの目が、社畜時代に培われた法務知識とリスクヘッジの光でキラリと輝いた。
「感情的に怒鳴り返してはダメです。常に冷徹に、淡々と証拠を集めるのです。相手が油断している今こそ、最大のチャンスですわよ?」
子爵夫人はポカンと口を開けていたが、やがてその目に強い光が宿った。
「……すごいですわ、メロン様! いつも『悲しい』と泣くばかりで、具体的にどうすればいいかなど考えたこともありませんでした! 証拠……エビデンスですね! さっそく今日から記録をつけますわ!」
「ええ、応援しておりますわ。困った時はいつでもご相談くださいね。あ、ついでにこちらの『ストレス解消アロマ』もどうぞ。今なら特別価格で販売しておりますの」
「買いますわ! 十個買います!」
商談成立である。
——ピコン!
『【迷える貴族婦人を邪悪な知恵で導いた】:悪役ポイント+400pt!』
『【アロマグッズの転売に成功】:悪役ポイント+100pt!』
(邪悪な知恵って失礼ね! 正当な法的権利の行使を教えただけよ!)
『いえ、素晴らしいですプレイヤー! 「悪役令嬢が娼館で裏の相談役として覚醒する」という展開に、読者が『メロン様頼ましすぎる!』『闇のコンサルタント爆誕』と大歓喜しています!』
(闇のコンサルタント……響きは悪くないわね)
その後も、メロンの元には次々と悩みを抱えた人々がやってきた。
「夫が浮気相手に散財している」という夫人には【資産差し押さえの法的手続きと探偵の雇い方】をアドバイス。
「商談で相手に足元を見られている」という商人には【ブラフを交えた契約交渉術と損害賠償条項の盛り込み方】をレクチャー。
「過労で倒れそう」という娼館の若手スタッフには【作業の自動化とタスクの優先順位付け(マトリクス管理)】を伝授。
前世で幾多の修羅場を潜り抜けてきた元社畜OLの知識は、このファンタジー世界において「恐るべき悪魔の知恵」として猛威を振るったのである。
わずか半日で、メロンはサロンの顧客たちの心を完全に掌握してしまった。
「メロン様……! あなた様はまさに、私たちの救世主ですわ!」
「メロン様のアドバイスのおかげで、夫の不貞の証拠がバッチリ掴めました!」
「メロン様、ぜひ我が商会の顧問になってください!」
拝むように感謝する人々を見送りながら、メロンはウハウハでポイントを確認した。
(やばい……半日でポイントがさらに【+2500pt】も入ってきたわ……! 合計で6000pt超え! これ、ショップのアイテム買い放題じゃない!?)
『素晴らしい手腕ですプレイヤー! まさに「影で世界を操る悪女」の貫禄! システム昇級への道が順調に開かれていきます!』
(ふふん、伊達に毎日午前二時まで働いてないわよ。世の中のトラブルの九割は、書類の管理とロジックで解決できるの)
メロンが満足げにホクホクしていると、娼館の入口が激しく叩かれた。
ドンドン! ドンドン!!
「開けろ! 皇太子殿下の命である! メロン・フォン・パフはこちらにいるか!!」
◇ ◇ ◇
「なになに? 何の騒ぎ?」
メロンがサロンからエントランスへ顔を出すと、そこには鎧を着込んだ帝国騎士団の小隊と、その中央で肩を上下させて息を切らせているアラン皇子の姿があった。
アランの姿は悲惨の一言だった。
金髪はボサボサ、高級な服はシワだらけ、目の下には黒々としたクマが張り付き、かつての爽やかなイケメンの面影は微塵もない。まさに「徹夜三日目のプログラマー」そのものの見た目である。
「め、メロン……! ここにいたか……!」
「あら、アラン殿下。こんな裏通りの俗悪な娼館に、高貴な皇太子様が一体何の御用でしょうか?」
メロンはわざとらしく驚いて見せ、胸の前で手を組んだ。
「貴女がおっしゃった通り、私は廃嫡され、こちらで娼婦(の候補)として静かに暮らしておりますの。罪人である私に近づくと、殿下の高潔なお名前に傷がつきますわよ?」
「くっ……! 言い草を聞いていれば……!」
アランは歯噛みしながら、苛立ちを隠そうともせずに叫んだ。
「戯言はいい! 今すぐ城に戻れメロン! 皇太子府の執務室へ行くんだ!」
「はい? なぜ私が城へ戻らねばならないのですか?」
「決まっているだろう! 執務が……仕事がまったく終わらんのだ! 会計計算も、外交文書の翻訳も、領主たちの陳情処理も、すべて停滞している! 貴様が城を離れたせいで、皇太子府は大混乱だ!」
アランは堂々と、自分の無能さを露呈する発言をのたまった。
集まっていた貴族の婦人たちや娼館のお客たちが、「まあ……」「自分で追放しておいて、仕事ができないから呼び戻しに来たの……?」「情けない……」と引き気味の視線をアランに注ぐ。
『ピコン! 【ヒーローがみっともなく泣きつく】:悪役ポイント+800pt!』
(ポイントおいしいです)
メロンは冷ややかな目をアランに向けた。
「殿下。お言葉ですが、私は昨日、殿下から直接『首』……いえ、『廃嫡および追放』を言い渡されました。私はもうパフ公爵家の人間でも、貴方の婚約者でもございません。ただの無職……いえ、娼館の従業員です」
「だ、だから撤回してやると言っているのだ! 感謝しろ! 貴様を再び私の婚約者にしてやる! 城に戻って、あの書類の山を今すぐ片付けろ! 今日中にだ!」
上から目線で言い放つアラン。
(うわぁ……。クビにした社員を『人手が足りないから戻ってきてやっていいぞ、給料は据え置きな』って呼び戻そうとするブラック企業のワンマン社長そのものじゃん。虫酸が走るわ)
メロンの胸の中で、社畜時代の怒りがフツフツと湧き上がってきた。
「お断りいたします」
「な……何だと……!?」
「お・こ・と・わ・り、いたしますわ、殿下」
メロンはバシッと人差し指をアランに向けた。
「私はもう、貴方の不払い残業(無償の労働)に付き合う気は一切ございません。第一、私はすでにこの『宵闇の月』のオーナーであるローズ様と雇用契約を結んでおりますの。二重契約は労働法規……ではなく、帝国の商業法に違反いたしますわ」
「こ、雇用契約だと!? たかが娼館の契約など、皇太子の権限で揉み消してやる!」
「あら、それではパフ公爵家だけでなく、王都の商業ギルド全体を敵に回すことになりますけれど? ローズ様の店はギルドの優良加盟店舗ですのよ」
「ぐっ……!!」
正論で叩きのめされ、アランは言葉を詰まらせた。
その時、アランの後ろからピンクの髪を振り乱したマリアが走ってきた。
「アラン様ぁ! 置いていかないでくださいませ! ……あっ! メロン様!」
マリアはメロンを見るなり、キーッ! とヒステリックな声を上げた。
「メロン様! ひどいですわ! あなたが居なくなったせいで、アラン様が私にちっとも優しくしてくれませんのよ!? 『マリアも手伝え』だなんて、私にそんな難しい仕事ができるわけないじゃないですか! 全部メロン様が悪いんですのよ! 今すぐ城に戻って仕事をしてくださいまし!」
(うわぁ……ビッチヒロインの本領発揮だわ。『自分は甘やかされて美味しいところだけ持っていきたい』って願望が隠せてないわよ)
メロンは呆れ果てて溜め息をついた。
「マリア様。貴女はアラン殿下の『運命の相手』なのでしょう? 辛い時も嬉しい時も、共に支え合うのが愛というものではありませんの? 殿下が困っていらっしゃるのですから、貴女が寝る間も惜しんで勉強し、殿下を支えて差し上げればよろしくてよ?」
「なっ……! 私に勉強しろとおっしゃるのですか!? 私は『聖女』なんですのよ!? 難しい計算なんてしなくても、みんなに愛される存在なんですの!」
「愛だけではお腹は膨らみませんし、帝国の税金も計算できませんわ」
バッサリ。
メロンの冷酷な突っ込みに、周囲の観客(貴族夫人たち)から「クスクス……」と嘲笑が漏れた。
「聞こえるかしらマリア様。皆様が貴女のその『浅はかな甘え』を笑っていらっしゃいますわよ」
「う、うわぁぁぁん! アラン様ぁ! メロン様が私をいじめますぅぅぅ!」
マリアはアランにしがみついて泣き叫んだ。
しかし、三日間の徹夜で極限状態にあるアランには、もうマリアを甘やかす余裕など残っていなかった。
「……うるさい!!」
「え……? アラン……様……?」
アランはマリアの手を鬱陶しそうに振り払った。
「黙れマリア! 今はお前の甘えに付き合っている場合ではないんだ! お前が『メロンにいじめられた』などと言い出すから、私はメロンを追放したというのに! 蓋を開けてみればお前は何の役にも立たんではないか!」
「そんな……! アラン様、ひどいですわ! 私を愛してくださるとおっしゃったのに!」
「仕事もできない女の愛など、何の役に立つかぁぁぁ!!」
見事なまでの醜い罪のなすりつけ合い。
かつて「運命の愛」を誓い合ったはずの二人が、過労とプレッシャーの前にあっけなく崩壊していく。
『ピコン! 【主人公カップルの破綻】:悪役ポイント+2000pt!』
『ピコン! 【ロジハラによる精神的崩壊】:悪役ポイント+1500pt!』
(うわーお、ポイント大漁だわ。やっぱり人間、余裕がなくなると本性が出るわね)
メロンは冷ややかな笑みを浮かべ、アランに向かって一歩踏み出した。
「アラン殿下。どうしても私に仕事をさせたいとおっしゃるなら……『業務委託契約』を結びますか?」
「ギ……業務委託……!?」
「ええ。私はパフ公爵令嬢としてではなく、外部の『フリーランスのコンサルタント』として、皇太子府の業務を請け負って差し上げてもよろしくてよ?」
「ほ、本当か!? 助かった……!」
アランの顔に一瞬、希望の光が宿った。
だが、メロンの次の言葉がその希望を完膚なきまでに打ち砕く。
「ただし。私のコンサルタント料は【一時間につき金貨百枚】。前払いのみ対応。残業代は二百%増し。成果物に対する修正指示は三回まで、それ以降は追加料金が発生いたします。さらに、私の指示には絶対服従していただきますわ」
「一時間に金貨百枚!? 狂っているのか!? そんな金額、皇室の予算でも出せるわけがないだろう!」
「出せないなら、どうぞご自分たちで徹夜して書類を片付けてくださいませ。……あ、そうそう」
メロンはニッコリと、悪魔のような笑みを浮かべた。
「本日中に隣国との交易協定書にサインが出なければ、我が国は莫大な違約金を払うことになり、経済が破綻するそうですわよ?……頑張ってくださいね、殿下♪」
「な……っ! なぜそれを……!?」
「元担当者ですから知っていて当然ですわ。では、失礼いたします。私はこれから、優雅にアフタヌーンティーを楽しむ予定がございますので」
メロンは優雅に一礼すると、アランたちの目の前で、娼館の重厚な扉をバンッ! と盛大に閉めた。
◇ ◇ ◇
「メ〜ロ〜ン〜!! 頼むから開けてくれぇぇぇ!!」
「アラン様のバカぁぁぁ! 大嫌いですわぁぁぁ!」
扉の向こうから聞こえる情けない叫び声と見苦しい喧嘩の声を聞きながら、メロンはサロンのソファーに深々と腰掛けた。
「はぁー、スカッとしたわ」
『お見事ですプレイヤー!! 完璧です! 完璧な対応でした!』
脳内でシステムがスタンディングオベーションをしている。
『現在の悪役ポイント、一気に【12000pt】まで到達いたしました! これにより、私のシステムレベルが【初級】から【中級管理AI】へと昇格いたしました!』
(へぇ、おめでとうシステム。これで何か変わるの?)
『はい! ショップのラインナップがさらに拡張され、高級な現代技術や特殊魔法が解放されます! さらに……現実世界へ持ち帰れる【アイテムボックスの容量】が『100t』に拡大されました!』
(100トン!? それ、金塊詰めたら一生どころか三世代遊んで暮らせるじゃない!)
メロンの目がドルマーク……ではなく金貨マークになった。
「よしっ! この調子でどんどんポイントを稼ぐわよ! アランとマリアには、もっと追い詰められてもらわなきゃ!」
『頼もしいですプレイヤー! ちなみに、次のショップ解放アイテムの中に『自動書類作成魔法』や『読心術(初級)』などがございますが、いかがされますか?』
「んー、それも魅力的だけど……まずはあれを買おうかしら」
『あれ、とは?』
「【全自動高級エスプレッソマシン】と【フレンチシェフ特製スイーツセット】!」
『……また快適グッズですか!?』
「当然でしょ! 快適な住環境と美味しいスイーツがあってこそ、人間は最高のパフォーマンスを発揮できるの! 社畜時代には味わえなかった贅沢を、私は今ここで極めるのよ!」
——ピコン! 【ご購入ありがとうございます。残りポイント:9500pt】
サロンのテーブルの上に、最新型のエスプレッソマシンと、煌びやかなタルトやマカロンが盛られた三段のケーキスタンドが出現した。
ローズやサロンにいた貴族の婦人たちが「まあ……! なんて凄まじい魔法ですの!」「見たこともない美味しそうなお菓子……!」と目を丸くしている。
「皆様、どうぞ召し上がってくださいませ。本日の『お悩み相談サロン』の特製スイーツですわ♪」
「「「キャーッ! メロン様ステキ!!」」」
婦人たちの歓声が上がり、サロンは一瞬でお茶会モードへと突入した。
外では、皇太子アランとヒロインのマリアが過労と絶望の中で泣き叫び、皇太子府の文官たちが次々と倒れていく地獄が広がっているというのに。
ここ『宵闇の月』のサロンだけは、まるで別世界のような温かく優雅な空気に包まれていた。
◇ ◇ ◇
数日後。
メロンの悪役ポイント稼ぎ……もとい、「悠々自適な闇のコンサルタント生活」は、さらに軌道に乗っていた。
アラン皇子は連日の徹夜作業によりついに昏倒し、皇太子府の業務は完全に停止。
見かねた皇帝(アランの父親)が自ら乗り出し、アランの皇太子位を一時剥奪、謹慎処分を言い渡した。
また、マリアも「聖女の威信を笠に着て皇室を混乱させた」としてアカデミーを停学処分となり、貴族社会から完全に孤立。二人の「運命の恋」は、泥沼の醜いなすりつけ合いの末に破局を迎えたという。
そして、皇室の業務麻痺を救ったのは……他ならぬメロンだった。
メロンは皇帝からの直接の依頼(もちろん、破格のコンサルタント料と公認のフリーランス許可)を受け、アイテムボックスから取り出した【自動書類作成魔法】と前世の業務効率化ノウハウをフル活用。
たった三日で皇太子府の数ヶ月分の滞留書類をすべて処理してみせたのだ。
皇帝はメロンの手腕に感服し、「パフ公爵家への謝罪」と「メロンへの無罪放免、および自由な身分の保証」を正式に発布。
メロンは第一話にして「悪役令嬢」の汚名を完全に返上し、王都で最も影響力のある『伝説の女性起業家(兼・娼館のオーナー代理)』として、誰もが羨む地位と財産を手に入れたのだった。
◇ ◇ ◇
「あー、今日もお酒が美味しいわぁ……」
王都を一望できる高級邸宅のバルコニー。
ワイングラスを傾けながら、メロンは夜風に身を委ねていた。
パフ公爵家から独立し、自分で購入した大邸宅。
庭には高級なアロマが香るプールがあり、部屋には現代日本の家電製品(魔法技術で再現)が立ち並んでいる。
働くのは一日に一時間程度。
気まぐれに貴族や豪商のコンサルティングを行い、がっぽりと金を稼いでは、残りの時間を読書や睡眠、美味しいものを食べることに費やす日々。
まさに、彼女が夢にまで見た「完璧なぐうたら生活」である。
——ピコン!
『プレイヤー、おめでとうございます! 現在の悪役ポイントは【100,000pt】を突破いたしました!』
(おおっ、ついに十万ポイント!?)
『はい! これにより、私のシステムレベルは最高位である【上級管理AI】へと昇格いたしました! プレイヤーの圧倒的な手腕により、本小説の閲覧数は全ジャンル総合一位を記録! 読者からも「最高のスカッと系悪役令嬢ストーリー」として絶賛されております!』
(へぇ、そりゃ良かったわね。アンタも昇進できて万々歳じゃない)
『はい! 全てはプレイヤー……いいえ、由衣様のおかげです! 契約通り、いつでも元の世界へお戻りいただけます。100トンのアイテムボックスに金銀財宝や魔法の品々を詰め込んで戻れば、元の世界でも一生遊んで暮らせますよ!』
システムの声は、どこか寂しげだった。
『……どうされますか? 今すぐ帰還の手続きを開始しますか?』
メロンはワイングラスをゆらゆらと揺らし、夜空に浮かぶ美しい月を見上げた。
元の世界。
あそこに戻れば、100トンの宝山がある。働かずに遊んで暮らせる不労所得ライフが待っている。
だが……。
「うーん……そうねぇ」
メロンはクスッと微笑んだ。
「帰るの、もう少し先でいいかしら?」
『え……? なぜですか!? あれほど元の世界に帰りたがっていたのに……!』
「だってさぁ」
メロンはベッドルームの方を振り返った。
そこには、ふかふかの高級ベッド、全自動のマッサージチェア、現代技術を上回る魔法の家電製品、そして明日届く予定の特注スイーツのカタログが置いてある。
「向こうに戻ったら、この魔法のアイテムボックスから金を取り出すために、税務署に説明したり、怪しまれないように洗う(マネーロンダリングする)面倒くさい手続きが必要でしょ?」
『あ……確かに、現代日本だと急に巨額の金貨を持ち込むと税務署が飛んできますね……』
「それに、この世界には私を慕ってくれるローズ様や、サロンの顧客たちもいるし。何より……ここでぐうたら過ごすのが、最高に気持ちいいのよ」
メロンはワインを一口飲み、満足そうに目を細めた。
「まあ、向こうに戻るのは、この世界で飽きるまで遊んでからにするわ。幸い、時間はたっぷりあるんだしね」
『……ふふっ、了解いたしました! では、引き続きプレイヤーの「最高に怠惰で悪快なスローライフ」をサポートさせていただきます!』
「よろしくね、システム。……あ、そういえば明日のショップの更新で『全自動マッサージベッド』が入荷するんだっけ?」
『はい! 5000ptとなっております!』
「即買いね! 明日もポイント稼ぐために、ちょっとだけ近所の悪徳貴族を論破してくるわ!」
『ノリノリですねプレイヤー……いえ、メロン様!』
夜風が心地よく、メロンの髪を揺らす。
悪女(笑)として追放された元社畜OLの物語は、悲劇どころか、世界で一番贅沢で、一番爽快な「不労所得スローライフ」として、これからも続いていくのだった。




