パパ
香織が亡くなってから、
家の中の空気はどこか薄くなったように感じた。
夜になると、愛華は必ず泣いた。
「パパ……
ママ……どこ……?
ママ……かえってきて……」
抱きしめると、小さな体が震えている。
「大丈夫だよ……
パパがいるから……」
そう言っても、愛華は首を振って泣き続けた。
朝になると、小学校に行くのを嫌がる日も増えた。
「ママがいないのに……
いきたくない……」
ぼくは胸が締め付けられた。
(……香織……
愛華……こんなに不安定になってる……
どうしたらいいんだよ……)
ある日、学校から連絡が来た。
「愛華ちゃん、体調が悪いようで……
迎えに来ていただけますか?」
急いで学校へ向かった。
保健室で眠る愛華を見て、
ぼくは胸が痛くなった。
職員室で手続きをしようとした時だった。
「すみません……
こちら、保護者の方の署名が必要でして……」
「ぼくが……保護者です」
「……あの……
戸籍上の保護者の方でないと……」
その瞬間、胸の奥がズキッと痛んだ。
(……そうだ……
ぼくは……
“保護者じゃない”んだ……)
香織の内縁の夫。
それだけ。
愛華を守りたいのに、
守る資格すらない。
職員の言葉は続いた。
「申し訳ありません……
法的には“他人”という扱いになりますので……」
その言葉が、
ぼくの胸に深く突き刺さった。
(……香織……
ごめん……
このままじゃ……
愛華を守れない……)
夜。家のリビングは静かだった。
香織の遺影と、亮介さんの遺影が並んでいる。
ぼくは二人の前に立ち、
深く頭を下げた。
「香織……亮介さん……
オレ……
今日、思い知らされたよ……」
声が震えた。
「オレは……
愛華を守りたいのに……
守る資格すらない……
“保護者じゃない”って……
言われた……」
涙が落ちた。
「香織……
オレ……
愛華の父親になりたい……
本当の意味で……
守れる存在になりたい……」
遺影の香織は、優しく微笑んでいる。
「香織……
オレに……
愛華を任せてくれ……
絶対に……
幸せにするから……」
ぼくは深く、深く頭を下げた。
翌日。
愛華はリビングで、香織の鈴を握りしめていた。
ぼくは隣に座り、静かに話しかけた。
「愛華……
パパね……
大事な話があるんだ」
愛華は不安そうに顔を上げた。
「……なぁに……?」
ぼくは深呼吸した。
「パパね……
これからもずっと……
愛華のそばにいたい。
守りたい。
支えたい。
だから……」
愛華の手をそっと握る。
「パパになってもいいかな……?
本当の……
愛華のパパに……」
愛華の目に涙が溢れた。
「パパ……
ずっとパパだよ……
ママがいなくても……
パパがいるもん……
パパがいい……」
ぼくは愛華を抱きしめた。
「ありがとう……
ありがとう愛華……
パパ、頑張るから……
ずっと一緒に生きていこう……」
愛華は泣きながら頷いた。
数日後。香織の実家を訪れた。
香織の両親は、ぼくと愛華を温かく迎えてくれた。
ぼくは深く頭を下げた。
「お父さん……お母さん……お願いがあります」
二人は静かに頷いた。
「ぼくを……
愛華の父親にしてください。
本当の意味でも……
愛華を守れる存在になりたいんです」
香織の母は涙を流した。
「……香織が……
あなたを選んだ理由が……
分かる気がします……」
香織の父は、
ゆっくりと頷いた。
「尚文君……
愛華を頼む。
あの子は……
お前を父親だと思っている。
それが全てだ」
ぼくは深く頭を下げた。
「ありがとうございます……
必ず……幸せにします……」
役所での手続きは、驚くほど静かで、淡々としていた。
書類に名前を書く。
「父 : 尚文」
「子 : 愛華」
その文字を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
(……香織……
見てるか……
オレ……
やっと……
愛華の父親になれたよ……)
愛華は隣で、
嬉しそうにぼくの手を握っていた。
「パパ……これからもずっといっしょだよね……?」
ぼくは微笑んだ。
「もちろんだよ。ずっと一緒だ」




