あの日の手紙
葬儀から数日後。
香織の部屋に入ると、
彼女の匂いがまだ残っていた。
愛華の絵。
青森旅行の写真。
読みかけの医学書。
(……香織……
こんなに……
頑張ってたんだな……)
胸が締め付けられた。
ふと、何気に見ると机の引き出しが少し出ている事に気付く。
その机の引き出しを開けると、
小さな封筒が出てきた。
白い封筒。
角が少し擦れている。
何度も触った跡がある。
宛名は書かれていない。
(……これは……?ずいぶん古いようだけど……)
震える手で封を開ける。
中には、
丁寧に折られた便箋が数枚。
読み始めた瞬間、
胸の奥が熱くなった。
——ナオへ
この手紙は、きっと届かない。
宛名も書けないし、住所も知らない。
でも、それでも書きたかった。
書かずにはいられなかった。
今日、全国模試の冊子で
ナオの名前を見つけたよ。
涙が出るほど嬉しかった。
あの日のバスターミナルから、
ずっと会えなかったのに、
ナオの名前を見つけただけで
一瞬で全部が蘇った。
(……ナオ、頑張ってるんだ)
そう思ったら、
胸の奥が熱くなって、
苦しくて、
でも嬉しくて、
どうしようもなく泣きたくなった。
ナオの“頑張ってるよ”が、
冊子を通して届いた気がした。
私もね、頑張ってるよ。
ナオに胸を張って会えるように。
いつか偶然が起きた時、
笑って「久しぶり」って言えるように。
あの日、
視聴覚教室で
ナオが言いかけた言葉。
ずっと聞きたかった。
でも、聞くのが怖かった。
もし違ったら、
もし私の勘違いだったら、
きっと立ち直れないと思ったから。
でもね、
今日、ナオの名前を見つけた時、
分かったんだ。
私、ずっとナオのことが好きだった。
同じクラスだったあの日からずっと。
すれ違っても、
会えなくても、
名前しか届かなくても。
ナオの名前を見るだけで、
胸が苦しくなるくらいに。
だから、
私も名前を載せたかった。
ナオに届くかもしれない“声”として。
もし、
もし奇跡みたいな再会があったら、
その時はこの手紙を渡したい。
その時は、
笑って話せたらいいな。
「ずっと会いたかった」って言えたらいいな。
ナオ。
あなたに出会えて、
私は変われたよ。
強くなれたよ。
頑張れる理由をもらったよ。
ありがとう。
本当にありがとう。
——香織より
読み終えた瞬間、
ぼくは便箋を胸に抱きしめて泣いた。
声が出ないほど泣いた。
(……香織……
こんな気持ちで……
ずっと……
ぼくを想ってくれてたんだ……)
胸が張り裂けそうだった。
ぼくが冊子で香織の名前を見つけて、
胸が熱くなったあの日。
香織も同じ気持ちで、
ぼくの名前を見つけていた。
すれ違っていたんじゃない。
ずっと想い合っていたんだ。
涙が止まらなかった。
でも、
その涙の奥に、
確かに温かいものがあった。
香織の青春。
香織の恋。
香織の願い。
香織の声。
全部が、
十数年の時を越えて
ぼくの胸に届いた瞬間だった。




