お別れ
香織が息を引き取ったあと、
病室は不思議なほど静かだった。
佐伯先生が死亡確認を淡々と行う。
「香織先生、お疲れさまでした。よく頑張りました。」
先生の声が胸に響いた。
外灯の光が、まだ香織の頬を照らしている。
まるで、彼女がまだそこにいるみたいに。
ぼくは、香織の手を握ったまま動けなかった。
温もりが、
ゆっくりと消えていく。
その温もりが消えるたびに、
胸の奥が締め付けられた。
(……香織……
どうして……
どうして先に行くんだよ……)
涙が止まらなかった。
ソファでは、愛華が小さく寝息を立てていた。
最後に、ママの胸で眠れて良かったな、愛華。
ぼくは、
香織の手をそっと胸に戻し、
愛華のそばに行った。
小さな手が、
香織の鈴を握っている。
チリン……
チリン……
その音が、
胸に刺さる。
(……香織……
愛華は……
ちゃんと守るから……
絶対に……)
翌朝、看護師さんが小さなノートを渡してくれた。
「香織先生から……
ご主人に渡してほしいと……」
震える手で開く。
そこには、
香織の字でこう書かれていた。
——尚文へ
——私がいなくなっても、
——あなたは前を向いて生きてください。
——愛華をよろしくお願いします。
——あなたと出会えて、
——本当に幸せでした。
涙で文字が滲んだ。
(……香織……
最後まで……
ぼくの心配ばかりして……)
ページをめくると、
愛華へのメッセージもあった。
——愛華へ
——ママは、ずっと愛華の中にいるよ。
——泣きたい時は泣いていい。
——でも、笑うことも忘れないでね。
——パパを助けてあげてね。
——愛華は、ママの宝物です。
ぼくはノートを胸に抱きしめた。
—————
葬儀の日、
亮介さんの写真と青森で撮った三人の写真を
香織の胸元にそっと置いた。
愛華が泣きながら言った。
「ママ……
これ……
だいじにしてね……
またねぶたみにいこうね……」
ぼくは愛華を抱きしめた。
「行こうな……
ママも一緒に……
ずっと一緒だ……」
香織の顔は、
眠っているみたいに穏やかだった。




