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光の記憶を抱いて

症状が進むにつれ、


私は少しずつ、


“終わり”の準備を始めた。



尚文に、


家のことを少しずつ教えた。



愛華に、


絵本を録音して残した。



自分のノートに、


伝えたいことを書き残した。



(……まだ終わりじゃない。


 でも……


 その時が来たら、


 二人が困らないように……)



夜、


尚文と愛華が寝静まったあと、


私は一人で青森旅行の写真を見た。



ねぶたの光。


海上運行の夜。


花火の色。


尚文の笑顔。


愛華の笑い声。



(……あの夜が……


 私の人生の光だった……)



涙が静かに頬を伝った。



(……ありがとう……


 二人と出会えて……


 本当に……幸せだった……)



そして私は、


ゆっくりと目を閉じた。



——最後の時間が、


静かに近づいていることを感じながら。



☆☆☆



それから1週間が過ぎた頃だった。


目を覚ますと、そこは病室だった。


病室は静かだった。


点滴の滴る音だけが、


ゆっくりと時間を刻んでいる。




窓の外には、


病院の外灯がひとつ、


ぼんやりと白い光を投げかけていた。



その光が、


私の枕元まで届いて、


天井に淡い影を揺らしている。



(……あぁ……


 この光……


 なんだか……懐かしい……)



尚文が椅子に座って、


私の手を握っていた。



「香織……起きてる?」



「……うん……起きとるよ……」



外灯の光が、


尚文の横顔を照らしている。



その光を見ていたら、


胸の奥に、


遠い記憶が浮かんできた。



「……ねぇ、尚文……」



「ん……?」



「……覚えとる?


 中学の時……


 視聴覚教室で……


 ナレーションの修正をした夜……


 二人で遅くまで残って……


 あの時……


 尚文……何か言いかけとったよね……?」



尚文は驚いたように目を見開いた。



「……覚えてるよ。


 あの時の香織、


 真剣で……


 すごく綺麗だった」



私は、外灯の光を見つめながら続けた。



「……あの時……


 何を言おうとしとったん……?


 ずっと……聞けんかった……


 聞くのが……怖かったのかもしれん……」



尚文は、一瞬だけ目を伏せた。



そして——


堪えきれずに涙をこぼした。



「……香織……


 あの時……


 本当は……


 言おうとしてたんだよ……」



声が震えていた。



「……オレ……


 ずっと香織のこと……


 好きだった……って」



その言葉を聞いた瞬間、


胸の奥が熱くなって、涙が静かに溢れた。



「……なんだ……


 私たち……


 両思いだったんだ……」



尚文は泣きながら頷いた。



「ずっと……ずっと……


 香織のことが好きだった……


 でも……


 言えなかった……


 怖かったんだ……


 香織に嫌われるのが……」



私は、尚文の手を弱い力で握り返した。



「……なんで……


 神様は……


 ずっとすれ違いの運命を


 私たちにさせとったんやろうね……」



尚文は涙を拭いながら、私の手を頬に当てた。



「……分からないよ……


 でも……


 やっと言えた……


 やっと……


 香織に伝えられた……」



私は微笑んだ。



外灯の光が、尚文の涙を照らしていた。



「……ありがとう……


 言ってくれて……


 聞けて……よかった……


 ずっと……聞きたかった……」



その時、病室のドアがそっと開いた。



「……ママ……?」



愛華だった。


看護師さんが連れてきてくれたらしい。



尚文が涙を拭いて、愛華を抱き上げてベッドの横に座らせた。



私は、震える手で愛華の頬に触れた。




「愛華……ママの一番大切な愛華……


 来てくれてありがとう……」



愛華は泣きそうな顔で言った。



「ママ……


 ねないで……


 ママ、ねちゃやだ……」



私は微笑んだ。




「ママはどこにも行かないよ……


 愛華の心の中には、


 ずっとママがいるから……


 ずっと……一緒だよ……


 それから、これ。」



私は、ずっと肌身離さず持っていた「鈴」を愛華に手渡す。



「愛華の宝物、愛華に返すね。


 ‥‥ママ、この鈴があったから頑張れたよ。


 ‥‥ありがとう。


 これからは、愛華が大事に持っててね。」




愛華は涙をこぼしながら、鈴を手に取り


私の胸に顔を埋めた。



「ママ……


 だいすき……


 ずっと……だいすき……」




「……ママも……


 愛華のこと……


 世界で一番……


 だいすき……」




愛華は私の胸で眠りについたあと、


尚文がそっと彼女を抱えて


ソファに寝かせた。




そして、


私の隣に戻ってきた。



私は、


尚文の手を握った。



「……尚文……


 お願いがあるの……」



「なんでも言って……」



「……愛華を……


 幸せにしてあげて……


 私の代わりに……


 いっぱい抱きしめて……


 いっぱい笑わせて……


 いっぱい……愛してあげて……」



尚文は涙をこぼしながら頷いた。



「……約束する……


 絶対に……


 愛華を幸せにする……


 香織と亮介さんが心配しなくていいように……


 全部……全部守る……」



私は微笑んだ。




「……ありがとう……


 尚文……


 あなたと出会えて……


 本当に……幸せだった……」



尚文は、私の手を額に押し当てて泣いた。




「香織……


 オレも……


 香織と出会えて……


 本当に……幸せだった……


 ありがとう……


 ありがとう……」



呼吸が、


少しずつ浅くなっていく。



外灯の光が、


ぼんやりと揺れている。




(……あぁ……


 この光……やっぱり……


 視聴覚教室の……


 あの夜の光に……似てる……)




ねぶたの光。


花火の色。


尚文の笑顔。


愛華の笑い声。


そして、亮介の笑顔。




全部が胸の奥で


ゆっくりと溶けていく。




私は、


最後の力で


尚文の手を握った。




「……尚文……


 愛華を……お願い……」




「任せろ……


 任せろ香織……


 絶対に……守る……」




私は微笑んだ。




「……ありがとう……


 大好き……」




尚文が泣きながら言った。




「オレも……


 ずっと……


 大好きだ……」




外灯の光が、


ゆっくりと滲んでいく。




(……あぁ……


 光が……きれい……)



★★★



そして——


静かに、


穏やかに、


香織は息を引き取った。




ぼくは、


その手を離さず、


声を殺して泣き続けた。

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