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宝物の鈴

私は、そのまま入院の継続を勧める先生たちを説得し、在宅医療に切り替えた。


医師という観点で、俯瞰して自分の症状等を見ると、このまま入院して治療を続けても、転移した癌の治療は難しく、放射線と薬剤治療でも効果が薄いと判断したからだ。


勿論、病気に抗いたいとは思った。でも、それより二人との残された時間を大切にしたいと思った。


それは、あの朝突然倒れた、亮介の事もあったから。


あの日、亮介はお別れの言葉も言えずに旅立った。


残された私達は一瞬で絶望の淵に立たされた。



———だから、私はきちんと最後まで私の想いを伝えたい。残したい。そう思った。




先生達は、私の医師としての見解に理解を示してくれて、在宅で緩和ケアを行う事になった。




在宅療養に切り替わってから、家の空気は少しずつ変わっていった。



尚文は、


私の動きを常に気にしていた。




「香織、座ってていいよ。


 ぼくがやるから」




「大丈夫だよ。


 そんなに気を遣わなくても」




そう言っても、尚文は首を振る。




「いいんだ。


 ぼくがやりたいんだ」




その声は優しいけれど、どこか張り詰めていた。




愛華は、いつもより私にくっついてくるようになった。




「ママ、どこいくの?


 ママ、ねないで?


 ママ、だいじょうぶ?」




そのたびに私は笑って抱きしめる。




「大丈夫だよ。


 愛華のママは、まだまだ元気」




でも、


愛華の目は、


その言葉を信じきれていなかった。




(……子どもって、


 本当によく見てる……)




最初は、軽い頭痛と視界の揺れだけだった。



でも、


日が経つにつれて、


症状は少しずつ進んでいった。



階段を降りるとき、足がもつれる。



文字が読みにくくなる。



料理をしていると、手が震える。



(……あぁ……


 進んでる……)



医師として、


自分の体の変化が


何を意味しているのか分かってしまう。



(……時間が……


 あまり残っていない……)



でも、


尚文にも愛華にも、


そんな顔は見せなかった。



見せたくなかった。



ある夜、


尚文がベランダで一人、


泣いているのを見た。



背中が震えていた。



私は声をかけず、


そっと背中に手を置いた。



「……香織……


 ごめん……


 オレ……


 どうしたらいいか分からない……」



尚文は、泣きながら言った。



「助けたいのに……


 何もできない……


 医者でもないし……


 薬も作れないし……


 ただ見てることしかできない……


 そんなの……


 つらすぎる……」



私は、その背中に額を寄せた。



「……尚文……


 あなたがいてくれるだけで……


 私は十分だよ……」



尚文は、


声を押し殺して泣いた。



(……こんなに愛されて……


 私は幸せだ……)




愛華は、私の変化に気づいていた。



「ママ、ねむいの?


 ママ、あたまいたいの?


 ママ、だいじょうぶ?」



そのたびに私は笑って答える。



「大丈夫だよ。


 愛華のママは強いんだから」



でも、愛華は敏感だった。



ある日、


私の手が震えているのを見て、


愛華は泣き出した。



「ママ……


 ママ、しんじゃうの……?」



その言葉に、


胸が裂けそうになった。



私は抱きしめて言った。



「死なないよ。


 すぐにはね。


 愛華が大きくなるまで、


 ママはちゃんと見てるよ」



嘘だった。


でも、


その嘘だけは必要だった。



愛華は涙を拭いて、ぎゅっと私に抱きついた。



愛華は、宝物だった「厄除けの鈴」を私にそっと手渡して言った。



「ママ、この鈴あげる。これでママ元気になってね。」



涙が止まらなかった。

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