日常
青森から帰ってきた翌朝、
愛華はまだ寝ぼけた顔で、枕元に置いていた鈴を手に取った。
チリン……チリン……
「パパ……ねぶた、またいきたい……」
「また行こうな。来年でも、再来年でも」
ぼくがそう言うと、
愛華は満足そうに頷いて、
そのままぼくの膝に頭を乗せた。
香織はキッチンで朝食を作りながら、ふと窓の外を見て微笑んだ。
「……青森、よかったね。
なんか、まだ夢みたい」
ぼくはその横顔を見て、胸が温かくなる。
(……香織がこんなに穏やかな顔をするの、久しぶりだ……)
旅行から数日後、香織は久しぶりに病院へ出勤した。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。無理すんなよ」
「うん。大丈夫」
香織はそう言って笑った。
その笑顔は、青森の海の光をそのまま閉じ込めたみたいに明るかった。
保育園でも、愛華はずっと鈴を持ち歩いていた。
先生が笑いながら言う。
「愛華ちゃん、ずっと“らっせーらー”って言ってますよ」
「えっ……恥ずかしい……」
ぼくが頭を抱えると、香織は嬉しそうに笑った。
「いいじゃない。楽しかったんだよ、あの旅が」
愛華は家でも、ぬいぐるみを並べて跳人ごっこをしていた。
「らっせーらー!らっせーらー!」
香織はその姿を見て、涙が出そうなくらい笑っていた。
ある夜、ぼくは青森旅行の写真をテレビに映した。
ねぶたの光、
立佞武多の巨大な姿、
海上運行の幻想的な夜。
香織はソファに座りながら、
一枚一枚をゆっくり眺めていた。
「……ほんとに綺麗だったね……
あの花火……忘れられない……」
ぼくは香織の肩に手を置いた。
「また行こう。
愛華がもっと大きくなったら、
もっといろんなところ見せてやろう」
香織は小さく頷いた。
「うん……
また三人で……」
その声は、とても優しかった。
朝起きて、
仕事に行って、
愛華を迎えに行って、
三人で夕飯を食べて、
お風呂に入って、
寝る前に絵本を読む。
そんな“普通の毎日”が、
青森旅行の余韻に包まれて、
いつもより少しだけ温かく感じられた。
香織はよく笑い、
よく話し、
よく眠った。
ぼくはその姿を見るたびに思った。
(……本当に、元気になったんだな……
もう大丈夫なんだ……)
そう信じて疑わなかった。




