花火
朝の光がカーテン越しに差し込む。
愛華は昨日もらった鈴を、
まだ手に握ったまま寝ていた。
「……かわいいなぁ」
香織が微笑む。
ぼくはその光景を見て、
胸の奥が温かくなる。
(……昨日のねぶた、本当に綺麗だったな……
香織の笑顔、忘れられない……)
朝食会場では、
愛華がリンゴジュースを飲みながら鈴を鳴らしていた。
「パパ!きょうもねぶたある?」
「あるぞ。昼にもあるし、夜は海に浮かぶみたいだよ」
「うみ!?ねぶた、およぐの!?」
香織が吹き出す。
「泳ぎはしないけど……浮かぶんだって」
愛華は目を輝かせた。
青森駅から電車で五所川原へ。
駅を出ると、
巨大な建物がそびえ立っていた。
「……おっきい……」
愛華が呟く。
館内に入ると、
高さ20メートルを超える立佞武多が天井すれすれまで伸びていた。
「ママ!たかい!!」
「ほんとだね……すごい……」
香織は圧倒されたように見上げていた。
エレベーターで上に上がると、立佞武多の顔が目の前に現れる。
「こわい……けど、かっこいい……」
愛華は複雑な顔で呟いた。
ぼくはその横で、香織の横顔を見つめていた。
光に照らされた香織の表情は、
どこか子どもの頃に戻ったように見えた。
「……小さい頃、お母さんと来たことあるの?」
ぼくが聞くと、香織は少し驚いたように笑った。
「うん……あるよ。1回だけ。
でも、こんなに大きかったかな……
あまり記憶がないな…。」
ぼくが知ってる香織よりさらに前(小学生)の香織かぁ‥‥
どんな子だったんだろうな。
そんな事をふと思う。
————
夕暮れの港は、昼の熱気が嘘みたいに静かだった。
海の上に浮かぶねぶたは、
まだ灯りが入っていないのに、
その巨大な姿だけで空気を震わせていた。
「ママ!ほんとうにういてる!!」
愛華が身を乗り出す。
香織はその肩をそっと支えながら、
目を細めて海を見つめた。
「……きれい……
こんなにきれいだったんだ……」
ぼくは香織の横顔を見て、
胸がぎゅっと締め付けられた。
(……この光景を、
香織と一緒に見られてよかった……)
やがて、ねぶたに灯りが入った。
海面が一瞬で色づく。
赤、青、金……
揺れる光が波に溶けて、
まるで海そのものが光っているみたいだった。
太鼓の音が、
海を渡ってゆっくり響いてくる。
ドン……
ドンドン……
ドン……
その振動が胸の奥にまで届く。
愛華は鈴を握りしめたまま、
目を丸くしていた。
「ママ……ひかってる……
うみも、ひかってる……」
「ほんとだね……
ねぶたって、海に浮かぶとこんなに綺麗なんだ……」
香織の声は震えていた。
ぼくはそっと香織の手を握った。
「香織……来てよかったな」
「うん……本当に……」
その時だった。
夜空に、一筋の光が走った。
シュルルルル……
そして——
ドンッ!!
大輪の花が、
夜空いっぱいに咲いた。
金色の光が海に落ちて、
波がきらきらと揺れる。
愛華が叫ぶ。
「きれーーーーい!!」
香織は愛華を抱きしめたまま、
空を見上げていた。
花火が次々と上がる。
赤、青、緑、白……
色とりどりの光が夜空を染め、
そのたびに海が反射して輝く。
ねぶたの光と花火の光が混ざり合って、
世界が一瞬、
夢みたいに明るくなる。
香織は涙をこぼしていた。
「……こんな夜があるんだね……
生きててよかったって……
本当に思う……」
ぼくは香織の肩を抱き寄せた。
「生きてるよ。
これからもずっと。
三人で、もっと思い出作るんだ」
香織は涙を拭いながら笑った。
「……うん……
そうだね……」
花火が夜空に咲き続ける。
愛華の笑い声。
香織の涙。
全部が混ざって、
この夜が永遠みたいに感じられた。
(……この時間を……
絶対に忘れたくない……
この光が、ずっと続けばいい……)
最後の大輪が夜空に咲き、
海が一瞬だけ昼のように明るくなった。
その光の中で、
三人の影が寄り添って揺れていた。




