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青森旅

旅行当日の朝。


空港のガラス張りの天井から光が差し込んで、


愛華はその光の中を跳ねるように歩いていた。



「パパ!ひこうき!ひこうきのったら、そらとべるんよね!」



「そうだぞ。雲の上まで行くんだ」



香織は笑いながら、愛華の帽子を直してあげる。



「愛華、走りすぎないでね。転んじゃうよ」



その声は優しくて、


どこか懐かしい響きがあった。



(……香織、こんなに元気になったんだな……)




ぼくは、香織の回復に安堵していた。




飛行機が離陸すると、愛華は窓に顔をぴったりくっつけて叫んだ。



「ママ!くもがしたにあるよ!


 ふわふわのおふとんみたい!」



香織は笑いながら愛華の背中を撫でた。



「ほんとだね……きれい……」



その横顔は、


ねぶたの光を浴びる前なのに、


もうどこか輝いていた。



ぼくはその姿を見て、胸が締め付けられた。




「……やっぱり、青森は涼しいのかな……」



香織が深く息を吸い込む。


その横顔は、どこか懐かしさを含んでいた。



愛華はというと、飛行機を降りる前からずっとソワソワしている。



「パパ!ママ!あおもりついた!?ついた!?」



「ついたぞ。ほら、降りるよ」



ぼくは笑いながら愛華の手を握った。



空港のロビーに出ると、


大きなねぶたの顔が飾られていて、愛華はそれを見た瞬間、固まった。



「……こわい……」



香織が吹き出す。



「愛華、これねぶただよ。夜になるともっとすごいんだから」



「もっとこわいの!?」



「こわいけど、きれいなんだよ」



愛華はよく分からない顔をしながら、


ぼくの足にしがみついた。



(……この反応、可愛いな……)



そして、荷物の返却レーンに乗っていたマグロに食いつく愛華。



(‥‥これも、これで可愛いな‥‥)



—————



タクシーで走る事、約30分。


市場の中は、魚の匂いと人の声で賑やかだった。



「わぁぁぁぁ!!おさかな、いっぱい!!」



愛華は目を輝かせて走り出しそうになる。



「愛華、走らないよー」



香織が笑いながら追いかける。



のっけ丼のカウンターに並ぶと、愛華は真剣な顔でネタを見つめていた。



「これ!これのせたい!」



指差したのは、キラキラ光るイクラ。



「お、いいね。じゃあイクラのせようか」



「あとねー……これ!これも!」



今度はサーモン。



「愛華、全部のせたら山になるぞ」



「やまにしたい!!」



香織が吹き出す。



「じゃあ、山にしようか」



ぼくは笑いながら、


愛華の“海鮮山盛り丼”を作ってもらった。



香織はホタテとマグロを選びながら、


ふと呟いた。



「……青森のホタテって、美味しいんだよね」



「昔から?」



「うん。お婆ちゃんが買ってきてくれてたの。こういう市場でね」



その言葉に、


ぼくは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。



(……香織の“帰ってきた”感じがする……)




赤い外観の建物に入ると、


巨大なねぶたがいきなり目の前に現れた。



愛華は口をぽかんと開けたまま固まる。



「……おっきい……」



「ねぶただよ。夜はこれが光るの」



香織が優しく説明する。




「ひかるの!?こわいのに!?」



「こわいけど、きれいなんだよ」



愛華はまだ半信半疑の顔。



ぼくはそんな二人を見ながら、


心がホッコリする。



展示を見ながら歩いていると、香織がふと立ち止まった。



「この太鼓の音……懐かしいなぁ……」



「昔、聞いてたの?」



「うん。お婆ちゃんの家の近くで練習してるのを聞いてたから。


ねぶたの時期の、ずっと前から練習してるんだよ。」


 


香織の声は、どこか遠くを見ているようだった。



ベイエリアに出ると、お洒落なお土産物を売っている建物があった。


そこを抜けて港に出ると、


海風が気持ちよく吹き抜けた。



愛華は船を見た瞬間、叫んだ。



「おっきい!!これ、うごくの!?」



「昔は動いてたんだよ」



香織が微笑む。



「ママ、のったことあるの?」



「あるよ。お母さんと一緒にね。北海道に行く時に乗ったの」



愛華は目を輝かせた。



「ママ、ちいさいとき、ここにきたの?」



「うん。愛華くらいの時にも来てたよ」



その言葉に、来て良かったと改めて思った。



(……香織の“子ども時代”と“愛華の今”が重なってる……


 なんて綺麗な瞬間なんだろう……)



船内を歩きながら、


香織は懐かしそうに手すりを撫でた。



「ここでね、お母さんとアイス食べたんだよ」



「アイス!?たべたい!!」



「はいはい、あとでね」



ぼくは笑いながら二人を見つめた。


————


ドンド、ドンドンドン‥‥


太鼓の音が街中に響き渡る。



「らっせーら!らっせーら!」



巨大なねぶたが光を放ちながら進む。


その光は、夜を昼のように照らしていた。



愛華は目を輝かせて叫んだ。



「ママ!おっきい!ひかってる!!」



ぼくは、桟敷席という所を確保していた為、ねぶたが席の前で大きく動く。

回ったり、近くまで来たり・・・・


その姿に愛華は大興奮。


入れ替わり立ち代わり次々やって来る、ねぶたを堪能していた。



香織は涙をこぼしながら笑った。



「……きれい……こんなにきれいだったんだ……」



ぼくは二人の手を握った。



「来てよかったな」



「うん……本当に……来てよかった……」



ねぶたの光が、香織の頬を照らしていた。



その時、ねぶたの迫力に圧倒されて口数が少なくなっていた愛華が、


突然席の前に立って、跳人のマネをして跳ねだした。


「らっせーら、らっせーら!」



跳ねている愛華を見て、跳人の衣装を着たお姉さんが近付いて来た。


そして、愛華に鈴を渡してくれた。



「小さい跳人ちゃん、これどうぞ。」



「わーい!お姉さん、ありがとう!」



愛華は、両手で鈴を受け取り、大喜びでママに鈴を見せた。



「香織、跳人さんの鈴ってさ……


“厄払いとか魔除け”の意味もあるんだって」



香織は驚いたように目を瞬かせ、


それからふっと微笑んだ。



「……厄払い……


 じゃあ、もう二度と病気にならないようにお願いしなきゃね」



その言葉は軽い冗談のようで、


でもどこか本気で、願っているようで、ドキリとする。



「ママのやく、ぜんぶとんでけー!!」



話を聞いていた愛華は、意味が分かって無いままに叫んだ。



香織は思わず笑いながら愛華を抱きしめた。



「ありがとう、愛華……


 ママ、すっごく元気になれそう」



ぼくは二人の姿を見つめながら、胸がいっぱいになった。




(……そうだ。


 全部飛んでいけ。


 この家族に、もう二度と悲しいことが起きませんように)



ねぶたの光が、


三人の顔を優しく照らしていた。




ホテルに戻ると、愛華は興奮して布団の上を転がり回っていた。



「ママ!またねぶたみにこようね!」



香織は愛華の頭を撫でながら微笑んだ。



「うん。また来ようね。愛華が大きくなっても……一緒にね」




(……そうだ。


 また来よう。


 何度でも……)



愛華が眠ったあと、香織は窓の外の夜景を見ながら言った。



「尚文……


 今日ね……


 生きててよかったって……


 本当に思ったよ」



ぼくは香織の肩を抱いた。



「生きてるよ。


 これからもずっと。


 三人で、もっと思い出作るんだ」



香織は静かに頷いた。



「……うん……


 そうだね……」



青森の夜風が、窓の隙間から優しく吹き込んでいた。

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