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手術当日

手術当日の朝。


病院の空気は、いつもより冷たく感じた。




面会制限の紙が入口に貼られている。




「面会は家族1名(16歳以上)のみ」



つまり、


愛華も、香織の両親も、ぼくの両親も——


誰も病棟に入れない。




今日、香織のそばにいられるのはぼくだけ。




その事実が、胸に重くのしかかった。




病室に入ると、


香織はベッドに腰掛けて、


手術着の上からカーディガンを羽織っていた。




髪は肩までの長さで、少しだけ外に跳ねている。




「……おはよう、尚文」




「おはよう。眠れた?」




「……あんまり」




香織は弱く笑った。




ぼくはベッドの横に座り、香織の手をそっと握った。




その手は少し冷たかった。




「……愛華、来たがってたよ」




ぼくが言うと、


香織は目を伏せた。




「うん……分かってる。


 でも……会わなくてよかった。


 あの子、絶対泣いちゃうから……」




「これ、愛華のお手紙。」


そう言って、昨日の夜一生懸命ママに宛てて書いた手紙を渡す。




「ママががんばったら、読んでって。」


ぼくがそう話すと、香織は声に出して泣いた。




「ご両親も、入口で待ってる。“頑張れ”って」




香織は小さく頷いた。




「……ありがとう。みんな……優しいね……」




その声は震えていた。




ノックの音がして、看護師さんが顔を出した。




「香織先生、そろそろお時間です」




香織は深呼吸をした。




ぼくは立ち上がり、香織の手をしっかり握った。




「……行くね」




香織がそう言った瞬間、俺の胸がぎゅっと痛くなった。




「香織」




呼び止めると、


香織はゆっくり振り返った。




その目は不安で揺れていた。




香織は俺の手を両手で包み込んだ。




「……尚文。……ありがとう」




「当たり前だよ。俺は香織の家族だろ」




香織の目に涙が溜まる。




「……怖いよ。


 でも……あなたがいるから……行ける」




ぼくは香織の手を強く握り返した。




「大丈夫。


 絶対に大丈夫。


 ここで待ってるから」




香織は小さく頷き、涙を拭って微笑んだ。




「……行ってきます」




その言葉は震えていたけど、確かな強さがあった。




看護師さんに付き添われ、香織はゆっくり歩き出した。




小さな背中。


でも、誰よりも強い背中。




扉の前で一度だけ振り返り、


ぼくに微笑んだ。




その笑顔を見た瞬間、胸が熱くなった。




扉が閉まる。




静寂が落ちる。




ぼくは深く息を吸い、両手をぎゅっと握りしめた。




(……香織。


 絶対に帰ってこい。


 ぼくと愛華のところに)




待つ時間が、人生で一番長く感じた。

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