不安と検査
胸のしこりに気づいてから二週間後。
私は勤務先の病院の検査室にいた。
(……きっと大丈夫……)
本当はもっと早く来るべきだった。
でも、怖かった。
結果を見るのが。
「香織先生、準備できました」
技師の声に、私は小さく頷いた。
白い部屋。
機械の低い音。
冷たいベッド。
(……患者さんの時は平気なのに……
自分のことになると……こんなに怖いんだ……)
MRIの中に入ると、
機械音が頭の奥に響いた。
目を閉じても、
胸の奥のざわつきは消えなかった。
仕事が終わったふりをして、私は自分のデスクに戻った。
誰もいない時間を狙って、パソコンにログインする。
(……見たくない……
でも……見なきゃ……)
震える指で、自分の検査データを開いた。
画面に映し出されたMRI画像。
胸の断面。
そして——
そこに、
“黒い影”があった。
(……あ……)
息が止まった。
見間違いじゃない。
経験で分かる。
これは——
良性じゃない可能性が高い影。
(……嘘……でしょ……)
喉が詰まる。
視界が滲む。
でも、泣けなかった。
泣いたら、認めてしまう気がして。
私は震える手で口元を押さえた。
(……尚文……
愛華……)
二人の顔が浮かぶ。
胸がぎゅっと痛くなる。
(……言えない……
まだ……言えない……)
確定診断はまだ。
でも、医者として分かってしまう。
“覚悟しなきゃいけない可能性”を。
家に帰ると、尚文がエプロン姿で夕飯を作っていた。
「おかえり、香織。今日は寒かったな」
いつも通りの優しい声。
いつも通りの笑顔。
その“いつも通り”が、
胸に刺さる。
「……ただいま」
声が少し震えたけど、尚文は気づかなかった。
愛華が走ってきて抱きつく。
「ママ、おかえりー!」
「……ただいま、愛華」
その小さな体を抱きしめた瞬間、
涙が出そうになった。
(……この子の未来を……
守れるのかな……)
夕飯の間も、尚文はいつも通り話しかけてくる。
「香織、これ味どうだ?」
「……美味しいよ」
「ほんとか?よかった」
その笑顔が優しすぎて、胸が痛い。
(……言えない……
こんな幸せな時間を壊すなんて……)
夜、寝る前。
尚文が隣で本を読んでいる。
私は横になりながら、
胸の奥の影のことを考えていた。
(……どうしよう……
どうすればいいの……)
尚文がふと私を見る。
「香織、今日……なんか疲れてる?」
「……ううん。大丈夫」
嘘だった。
でも、
その嘘をつくしかなかった。
尚文は優しく微笑んで、
私の頭を撫でた。
「無理すんなよ。香織は頑張りすぎるから」
その言葉が、胸に深く刺さった。
(……ごめん……
尚文……)
私は目を閉じた。
涙がこぼれないように。




