バスターミナル
県外行きのバス乗り場のベンチに、ひとり座っている人がいた。
制服じゃない。
薄い色のTシャツに、少し大きめのリュック。
髪が中学の頃より少し伸びて、前髪が風に揺れている。
でも、間違えようがなかった。
アイツだった。
夕方の光が横から差し込んで、アイツの横顔を淡く照らしていた。
ぼくはその場に立ち尽くした。
胸の奥が、
一気に熱くなる。
(……なんで)
声にならない言葉が喉の奥で震えた。
アイツは、ぼくに気づいていない。
ただ、遠くの空を見ていた。
寮のある県外へ戻るバスを待っているのだと、すぐに分かった。
「……香織?」
小さく呼んだ声が、夕方の空気に吸い込まれた。
アイツがゆっくり顔を上げる。
目が合った。
その瞬間、アイツの表情がふっと揺れた。
驚きと、信じられないという戸惑いと、それから――
ほんの少しの嬉しさが混ざったような顔。
「……ナオ?」
その声を聞いただけで、胸の奥が熱くなった。
アイツは立ち上がった。
制服じゃない。
見慣れない私服姿。
卒業式から、そんなに間が空いていないのに、少し大人びた雰囲気。
夕方の光の中で、
二人の影がゆっくり近づいた。
「久しぶり」
その言葉は、たった五文字なのに、胸の奥にずっと溜まっていた何かを一気に溶かしていくようだった。
アイツも、少し照れたように笑った。
「……ほんとに」
その笑顔を見た瞬間、ぼくは確信した。
離れていた時間は、ちゃんとここに繋がっていたんだ。と。
☆☆☆
帰省で地元に戻ってきたのは、
ほんの数日だけの短い休みだった。
寮の生活に慣れたつもりでも、地元の空気を吸った瞬間、胸の奥がふっと緩むのを感じた。
(……やっぱり、落ち着くな)
でも同時に、胸の奥が少しだけざわついた。
この街には、ナオがいる。
その事実を意識した瞬間、心臓が少しだけ早くなる。
会うつもりなんてなかった。
会えるとも思っていなかった。
ただ、名前を思い出すだけで胸が痛くなるのに、どこかで期待している自分がいた。
帰省の荷物をリュックに詰めて、夕方のターミナルに向かった。
夏の風が少し湿っていて、髪が頬に張り付く。
県外行きのバス乗り場のベンチに座って、ぼんやりと空を見上げた。
寮に戻る時間が近づくにつれて、胸の奥が少しだけ重くなる。
(……戻らなきゃいけないんだよね)
夢のために選んだ道。
後悔はしていない。
でも、この街を離れるたびに、胸の奥に小さな穴が空くような感覚があった。
その穴の理由は、分かっている。
風が少し強く吹いて、前髪が揺れた。
その瞬間、なぜか視線を感じて顔を上げた。
ターミナルの向こう側に、ひとり立っている人がいた。
制服姿。
少し伸びた背。
見慣れた横顔。
胸が一気に跳ねた。
(……え?)
目が合った。
時間が止まったみたいに感じた。
「……ナオ?」
自分の声が震えているのが分かった。
信じられない。でも、目の前にいる。
中学の頃と同じようで、でも少し大人びた表情。
夕方の光が、ナオの輪郭を柔らかく照らしていた。
胸の奥が熱くなる。
気づいたら、立ち上がっていた。
足が勝手に動いた。
ナオが近づいてくる。
その一歩一歩が、胸の奥に響く。
「久しぶり」
その声を聞いた瞬間、涙が出そうになった。
「……ほんとに」
言葉がそれ以上出てこなかった。
でも、それだけで十分だった。
離れていた時間が、一瞬で埋まっていくような気がした。
あの卒業式から5か月振りの再会だった。




