増える歯ブラシ
ナオに「一緒に暮らしてほしい」と言ったあの日から、
すべてが驚くほど早く進んだ。
というより——
ナオの動きが早かった。
荷物も少ないし、
もともと、ほとんど毎日うちに来ていたから、
引っ越しというより“正式に住む”という感じだった。
「今日からナオさん、ここに住むの!?本当に!?本当に!?」
「本当よ」
「やったぁぁぁ!!」
愛華は家の中を走り回りながら、ずっと笑っていた。
(……こんなに嬉しそうな愛華を見るの、久しぶりだな……)
ナオは照れたように笑いながら、段ボールを抱えて玄関に立っていた。
「そんなに喜んでくれるんだ?」
「うん!!
だってね、ナオさん……
愛華のパパみたいなんだもん!」
ナオの手が一瞬止まった。
でもすぐに、優しく微笑んだ。
「……ありがとう、愛華ちゃん」
その横顔を見て、胸がまた熱くなった。
「尚文、これだけ?」
「うん。
ほとんど寝に帰るだけだったから。
荷物もそんなにないよ。それに必要ない物は売っちゃったし。」
段ボール数個。
本当にそれだけ。
(……仕事は出来るんだけど、肝心な時に抜けてるんよね……)
そう思うと、思わず笑みがこぼれた。
尚文が段ボールを運び込むたびに、家の空気が少しずつ変わっていくのが分かった。
玄関に尚文の靴が並ぶ。
洗面所に尚文の歯ブラシが増える。
リビングの隅に尚文のギターが置かれる。
(……あぁ……
本当に……
この家に“尚文”が住むんだ……)
胸の奥がじんわり温かくなった。
夕方。尚文がふいに言った。
「……なんか、不思議だな」
「何が?」
「いや……
ずっと来てた家だけど……
今日から“帰る家”になるんだなって」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
私はそっと言った。
「……おかえり、尚文」
尚文は少し驚いた顔をして、それからゆっくり笑った。
「……ただいま、香織。」
亮介のことを忘れるわけじゃない。
愛華の父親は亮介だけ。
でも——
尚文は、
その亮介の存在ごと抱きしめてくれる人。
(……この家で……
三人で生きていけるんだ……)
そう思ったら、
胸の奥が温かくなった。




