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夕方のバスターミナル

外は澄んだ空気で、空気がとても美味しかった。




愛華はナオの手を握り、


もう片方の手で私の手を握った。




「三人で歩くの、好き!」




ナオは照れながらも、


愛華の手をぎゅっと握り返した。




私は二人を見つめながら、


胸の奥が温かくなるのを感じた。




(……あなた……


 私たち、ちゃんと前に進んでるよ)




そのまま三人で並んで歩く姿は、


まるで——




新しい家族の始まりみたいだった。



————



亮介さんの墓前に報告してから、もう三ヶ月が経っていた。




毎日、香織と愛華ちゃんの家に通う生活は、気づけばすっかり日常になっていた。




そんなある日、


愛華ちゃんが目を輝かせて言った。




「ねぇ!水族館行きたい!電車とバスで行くやつ!」




香織が笑って、ぼくを見る。




「……尚文、お願いしてもいい?」




ぼくは頷いた。




「もちろん。計画立てるよ」




その瞬間の愛華ちゃんの笑顔は、夏の光より眩しかった。




電車の揺れ。


窓の外を流れる田んぼの緑。


バスのエンジン音。


潮の匂い。



水族館に着くと、愛華ちゃんは走り出した。




「わぁぁぁぁ!!ナオさん!イルカ!イルカ!!」



香織はその後ろ姿を見て、ふっと柔らかく笑った。



その横顔を見て、胸の奥が温かくなる。




イルカショーの水しぶき。


クラゲの青い光。


アシカの鳴き声。




三人で笑って、


三人で歩いて、


三人で写真を撮った。



まるで、ずっと前から家族だったみたいに。




行きとは違う乗り物の方が喜ぶと思って、


帰りは高速バスで帰る事にした。



夕方の光が車内に差し込む。


愛華ちゃんはぼくの腕に寄りかかって、静かに寝息を立てていた。



香織はその寝顔を見つめながら、小さく息を吸った。




「……あのさ、尚文」




ぼくは顔を向ける。



香織は少し迷ってから、言葉を選ぶように続けた。



「私……亮介の籍から外れようと思うの。


 尚文の存在が宙ぶらりんで……


 なんか、都合よく利用してるみたいで……」



その声は、自分を責めるように震えていた。



ぼくはゆっくり首を振った。



「‥‥香織。そんなふうに思わなくていいよ」




香織が驚いたように目を上げる。




ぼくは静かに続けた。




「亮介さんのお父さんと話した時、


 ぼくは決めたんだ。


 ぼくは、香織にとっての亮介さんの“代わり”になるんじゃなくて、


 亮介さんも含めて、


 香織と愛華ちゃんを守るって」



香織の目が揺れる。



「だから……


 籍を入れようとは思ってない。


 ぼくは“家族になるため”じゃなくて、


 “家族でいたいから”ここにいるんだよ」



香織は唇を震わせ、そっと涙をこぼした。



「……そんなこと……言われたら……


 泣くに決まっとるやん……」



ぼくはそっと香織の手を握った。



その瞬間――



バスがゆっくり減速した。



「終点でーす」



運転手の声。


ブレーキの音。


夕方の風。



ぼくは眠る愛華ちゃんを抱き上げ、香織と一緒にバスを降りた。



(……ここは)



香織も気づいたようだった。




夕方の光。


ベンチ。


県外行きの乗り場。



あの日と同じ景色。



香織は小さく呟いた。




「……ここでね、


 尚文と再会したんよ」




ぼくは頷く。




香織は少しだけ笑って、でもすぐに真剣な顔になった。




「ねぇ……尚文。


 私、あの日、“だって――”って言いかけたの覚えとう?」




ぼくの心臓が跳ねた。




「‥‥うん。覚えてる。」




香織は夕方の光の中で、静かに言った。




「あれね‥‥


 “だって”の続き‥‥


‥‥“だって……尚文のことが好きだったから”


 って言うつもりやったんよ」




そう言って、優しい笑顔を浮かべる。



胸の奥が熱くなる。



香織は涙を拭いながら微笑んだ。




「今は‥‥


‥‥今は‥‥


‥‥愛してる。」



ぼくは愛華ちゃんを抱いたまま、震える声で言った。




「ぼくも……ずっと」




夕方の風が三人の間を通り抜けた。



あの日の続きが、


あの口パクで伝えたかった言葉が、


やっとここで繋がった。

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