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伝え合う想い

告白の余韻がまだ胸に残っているまま、


私は震える手でエプロンを結んだ。



「……ご飯、作るね」



ナオは少し驚いたように目を瞬かせた。



「手伝うよ」



「ううん。今日は……私が作りたい」



ナオは何も言わず、ただ優しく頷いた。



キッチンに立つと、胸の奥がじんわり温かくなる。



(……この人に、食べてもらいたい)



そんな気持ちが自然に湧いてきた。



愛華は終始ご機嫌で、


「ナオさん、きょうはカレーだよ~!」


「サラダもたべる!」


と嬉しそうに跳ね回っている。



ナオはその姿を見て、


何度も優しく笑っていた。



食卓に三人で座ると、


まるでずっと前からこうしていたみたいに自然だった。



「いただきます」



三人の声が重なる。



ナオは一口食べて、ふっと目を細めた。



「……うまい」



その一言だけで、胸が熱くなった。



愛華はナオの隣で、ずっと笑っていた。



「ナオさん、またきてね」



「うん。また来るよ」



その言葉に、愛華は満面の笑みを浮かべた。



お風呂も歯磨きも、今日は全部スムーズだった。



ナオが来てくれたのが、よほど嬉しかったらしい。



布団に入ると、愛華はすぐに目を閉じた。



「……ナオさん……またね……」



寝言のように呟いて、


すぐに静かな寝息を立て始めた。



私は胸がいっぱいになった。



(……この子も、ナオのこと……好きなんやな)



愛華を寝かしつけて、リビングに戻ると、


リビングの奥の方から小さな声が聞こえた。



私は足を止め、


そっと覗いた。



そこには――



ナオが、夫の遺影の前に立っていた。



背筋を伸ばし、


静かに手を合わせている。



その横顔は真剣で、


どこか切なくて、


でもとても優しかった。



ナオは小さな声で呟いた。




「……勝手に好きになって、すみません。


 でも……香織と愛華ちゃんを、


 大事にしたいと思っています」



胸が締めつけられた。




ナオは続けた。



「あなたの大切な家族を……


 俺にも、大切にさせてください」



私は思わず口元を押さえた。



涙が溢れて止まらなかった。



(……なんで……


 なんでこんなに優しいん?……)



ナオは遺影に向かって、深く頭を下げた。



気づいたら――


ナオの背中に、


そっと頭を預けていた。



とん。



ナオの体が、


わずかに揺れた。



「……香織……?」



振り返ろうとしたナオの動きを、


私はそっと背中に額を押しつけて止めた。



涙がぽたぽたと落ちる。



「……ありがと……」



声が震えていた。



「私も……


 ちゃんと言えてなかった……」



ナオは動かず、


ただ静かに私の言葉を待ってくれた。



私は背中に額を預けたまま、


絞り出すように言った。



「……尚文のこと……


 好き……」



その瞬間、ナオの肩がわずかに震えた。



ゆっくりと、


本当にゆっくりと振り返り、


ナオは私の頬に触れた。



その手は温かくて、


優しくて、


胸の奥の鍵が音もなく外れていくのが分かった。



私は涙が止まらなかった。



ナオは心配そうに眉を寄せた。



「……香織、大丈夫……?」



私は首を振った。



「……だいじょばん……」



ナオの手が、そっと私の頬を包む。



私はその手に自分の手を重ねた。



震えていた。



「……尚文……」



名前を呼ぶだけで、胸が熱くなる。



「私……ずっと……


 誰かに“いてほしい”なんて……


 言ったことなかった……」



尚文の目が、


静かに揺れた。



私は涙をこぼしながら続けた。



「彼が亡くなってから……


 誰かを頼るのが怖かった。


 誰かを好きになるのも……


 怖かった……」



尚文は黙って聞いてくれていた。



私は息を吸い、


震える声で、


でも確かに言った。



「……でも……尚文には……いてほしい……」



その瞬間、尚文の表情が崩れた。



驚きと、


安堵と、


喜びと、


切なさが全部混ざったような顔。



「……香織……」



尚文はゆっくりと、本当にゆっくりと私を抱きしめた。



強すぎず、


弱すぎず、


ただそっと包み込むように。



私は胸に顔を埋めた。



尚文の心臓の音が聞こえる。


そのリズムが、


不思議と落ち着かせてくれた。



「……ありがとう……」



尚文が小さく呟いた。



「俺も……


 香織のそばにいたい。


 ずっと……いたい」



私は涙を拭いながら、


尚文の胸に顔を寄せた。



「……うん……いて……」



その言葉は、私の素直な“願い”だった。


尚文は私の頭をそっと撫でた。



「離れないよ」



その声は、


静かで、


優しくて、


胸の奥に深く染み込んだ。


尚文の胸に顔を埋めたまま、


私はしばらく何も言えなかった。



涙が落ちるたびに、


尚文のシャツが少しずつ濡れていく。



でも、尚文は何も言わず、ただ私を抱きしめてくれていた。



その腕の温かさが、


胸の奥の冷たい部分を


ゆっくり溶かしていく。



「……香織」



尚文が小さく呼んだ。



私は顔を上げられなかった。


涙でぐちゃぐちゃの顔を見せるのが恥ずかしかった。



でも、尚文はそっと私の髪を撫でた。



「泣いていいよ。泣いてる香織も……ちゃんと受け止めるから」



その言葉に、


また涙が溢れた。



「……尚文……どこにもいかないで……ずっとそばにいてほしい……」



震える声で、


でも確かに言った。



尚文は少しだけ息を呑んだあと、


私の頬につたわる涙を、そっと親指で撫でた。



「……ありがとう。


 そんなふうに言ってもらえるなんて……


 思ってなかった」



尚文の声も、少しだけ震えていた。



私はようやく顔を上げた。



尚文の目が、優しく細められていた。



「香織が望むなら……


 俺はここにいるよ。


 何があっても、離れない」



胸がぎゅっとなった。



私は涙を拭いながら、


小さく笑った。



「……うん……いて……」



その瞬間、


今度は私が尚文をもう一度抱きしめた。



今度は、さっき尚文が抱きしめてくれたより少しだけ強く。



二人の影が、棚の上の小さな遺影に重なる。



夫の写真は、


静かに微笑んでいた。



まるで――


「大丈夫だよ」


と背中を押してくれているみたいに。



「……これから、よろしくね。香織」



私は胸の奥から湧き上がる想いを、


そのまま言葉にした。



「……こちらこそ……


 よろしくね……尚文……」


私は、ようやく一歩を進める事が出来た。

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