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重なる想い

一瞬、息が止まる。



(……ほんとに……?)



その時、背後から愛華が駆け寄ってきた。



「ママ!だれー?」



私が答える前に、愛華はインターホンの画面を覗き込んだ。



「……あっ!!ナオさん!!」



ぱぁっと顔が明るくなる。



「ママ!ナオさんきた!!あけて!!」



私は胸がぎゅっと締めつけられた。



(……なんで……今……)



でも、分かっていた。



ナオは――


伝えに来たんだ。



ナオが、


この街から、私達の前から、


いなくなる事を。



文字でもなく、


電話でもなく、


LINEでもなく。



逃げずに、


誤魔化さずに、


自分の足でここに来て。



自分の言葉で、伝えるために。



私は深く息を吸い、


震える指で玄関のロックを外した。



ドアを開けた瞬間、夜風がふっと流れ込んだ。



その向こうに、ナオが立っていた。



スーツのまま、


少し息を弾ませて。



でも、目だけはまっすぐだった。



「……来てくれたんやね」



私がそう言うと、ナオは小さく頷いた。



「……うん。どうしても……伝えたいことがあって」



その声は震えていなかった。


覚悟を決めた人の声だった。



愛華がナオに抱きつく。



「ナオさん!!きたの!!」



ナオは優しく頭を撫でたあと、私の方を見た。



その目に宿っていたのは――


迷いじゃない。



決意だった。



(……聞くのが怖い)



でも、聞かなきゃいけない気がした。



私は小さく頷いた。



「……入って」



ナオは一歩、家の中へ踏み込んだ。



ナオは家に入ると、


愛華が嬉しそうにまとわりつくのを


優しく受け止めていた。



でも、その視線はずっと私を見ていた。



「……愛華ちゃん、ちょっとだけママと話してもいい?」



「うん!わかった!」



愛華は素直にリビングへ走っていった。



二人きりになった瞬間、空気が変わった。



ナオは深く息を吸い、


私の前に立った。



「……転勤の話、出てる」



胸がズキッと痛む。



(……やっぱり)



私はうつむき、


声が震えた。



「……そっか。……いなくなるんやね」



ナオは驚いたように目を瞬かせた。



「……いなくなるって……」



私は続けた。



「……わざわざ来てくれたんやろ?最後に……ちゃんと伝えに」



ナオは一瞬だけ黙り、


そして小さく首を振った。



「……違うよ」



その声は静かで、でも強かった。



私は意味が分からず、顔を上げた。



ナオは、まっすぐ私を見ていた。



「転勤のことを伝えに来たんじゃない。


それだけなら……電話でも、LINEでもできた」



心臓が跳ねた。



ナオは一歩、私に近づいた。



「俺は……“いなくなる”なんて言いに来たんじゃない」



(……え……?)



ナオは続けた。



「もうお前から逃げたくなかった。


 ちゃんと自分の言葉で伝えたかった」



その目は、迷いが一つもなかった。



「……香織。」



名前を呼ばれただけで、胸が熱くなる。



ナオは息を整え、ゆっくりと言った。



「俺は――


 あの日、三人でケーキを食べた時……


 “ここにいたい”って思った」



胸が奥の鍵の扉が大きく揺れた。



ナオは続ける。



「仕事でも義務でもなく、


 ただ……この街に、


……この家ににいたいって思った。


 香織と、愛華ちゃんと……一緒にいたいって」



私は息を呑んだ。



ナオは、ほんの少しだけ笑った。



「転勤の話が出た時……


 初めて“行きたくない”って思った。


 こんな気持ち、今までなかった」



胸が熱くなる。



ナオは最後に、静かに、でもはっきりと言った。



「……香織。ぼくは、君が好きだよ」



世界が止まった。



呼吸の仕方を忘れるほど、胸が熱くなった。



(……好き……?ナオが……私を……?)



ナオは続けた。



「転勤の件は上司に掛け合ってみる。もう香織とは離れたくない。


 だから、ちゃんと……気持ちを伝えたかった」



私は震える声で言った。



「……なんで……


 なんで今……そんな……」



ナオは優しく言った。



「す(・)れ(・)違(・)い(・)た(・)く(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)」



その瞬間――


愛華の絵が脳裏に浮かんだ。



三人で手をつないで笑っている絵。



(……私、ほんとは……ずっと……)



涙が溢れた。



ナオは驚いたように近づく。



「香織……?」



私は涙を拭いながら、


震える声で言った。



「……私も……ナオのこと……」



そこまで言った瞬間、


言葉が喉で震えて止まった。



胸が熱くて、


苦しくて、


でも、痛みじゃなかった。



ナオはゆっくりと近づいてきた。




その足音が、


やけに静かな部屋に響く。



「香織……」



名前を呼ばれただけで、涙がまた溢れた。


ナオは慌てず

、

ただそっと、


私の頬に触れた。


その手は温かくて、


ずっと前から知っていた温度みたいで、


触れられた瞬間、


胸の奥の何かがほどけた。



「泣かせたくて来たんじゃないよ」



ナオは小さく笑った。


でもその目は真剣だった。



「……でも、言わなかったら……


 またすれ違う気がした。


 今度こそ、ちゃんと伝えたかった」



私は涙を拭いながら、


震える声で言った。



「……私、ずっと……


 誰かを好きになるのが怖かったんよ……


 彼を裏切るみたいやって……


 愛華にも……悪い気がして……」



ナオは首を振った。



「裏切りなんかじゃない。


 香織が誰かを想うことは……


 誰も責めないよ」



その言葉が、


胸の奥に静かに染み込んでいく。



ナオは続けた。



「香織が笑ってるのが好きなんだ。


 あの日……


 愛華ちゃんと三人で笑ってる香織を見て……


 “ああ、俺はこの人を好きになったんだ”って思った」



胸が熱くなる。


ナオは、


私の涙を指でそっと拭った。



「転勤の話が出た時……


 怖くなった。


 また何も言えずに離れるんじゃないかって。


 だから……来たんだ。


 ちゃんと伝えたくて」



私は震える声で言った。



「……ナオ……


 私も……


 あなたといる時間が……


 すごく……すごく幸せやった……」



ナオの目が、ゆっくりと優しく細められた。



「香織……」



その瞬間――



リビングから小さな足音がして、


愛華が顔を覗かせた。



「ママ……?なんで泣いてるの……?」



私は慌てて涙を拭った。



「……なんでもないよ。大丈夫」



愛華はナオの手をぎゅっと握った。



「ナオさん……ママのこと、だいじにしてね」



その言葉に、


ナオは驚いたように目を瞬かせ、


そして静かに頷いた。



「……もちろんだよ」



私は胸がいっぱいになって、


もう涙を止められなかった。



ナオはそっと私の手を取った。



その手は温かくて、


しっかりと私を包んでくれた。



すれ違い続けた二人の手が、


ようやく同じ場所で重なった。

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