卒業式
体育館に入ると、横に長く伸びた列が目に入った。
アイツがいる3組は左側。
ぼくのクラス8組は右側。
距離にして十数メートル。
見える。
でも、届かない。
ぼく達の並んでいる距離が、これからの“会えなくなる未来”をそのまま形にしたみたいだった。
式が始まる前、そっと左側を見た。
アイツがいた。
友達と話しながら、時々前を向いて笑っていた。
その横顔を見た瞬間、胸の奥が痛んだ。
(……もう、こんなふうに見ることも無くなるんだ。)
名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る。
拍手が響く。
でも、ぼくの意識はずっと左側にあった。
アイツの名前が呼ばれた時、自然とそっちを見てしまった。
壇上に向かう姿を見ながら、胸の奥で静かに思った。
(話したいこと、いっぱいあったのに)
(伝えたい気持ち、結局ひとつも言えなかった)
その“言えなかったもの”が、心の中に渦巻いていた。
式が終わると、体育館の空気がゆるんだ。
皆は最後のホームルームを終えて、校庭にクラスごとに集まっていた。散っていく声、笑い声、写真のシャッター音。
ぼくは自分のクラスの輪の中にいながら、ずっと左側――3組のほうを気にしていた。
人だかりの向こうに、アイツの姿が見えた。
笑っていた。
本当に楽しそうに。
その隣に、小学校からずっと一緒にいるあの幼馴染の男子の姿があった。
二人は自然に並んでいて、まるで“そこにいるのが当たり前”みたいだった。
アイツが笑うと、その男子も笑った。
その男子が何か言うと、アイツが肩を揺らして笑った。
その光景を見た瞬間、
胸の奥に渦巻いていた想いが痛みに変わる。
(……ああ、やっぱりそうなんだ)
勝手に納得した。
勝手に諦めた。
“会えなくなる”
“話せなくなる”
“気持ちを伝える機会が消える”
その痛みが、一気に現実になった。
横に歩けば届く距離なのに、ぼくは一歩も動けなかった。
ただ、3組の輪の中で笑うアイツを、遠くから見ていることしかできなかった。
(……もう、言うタイミングなんて、どこにもない)
そう思った。
でも、その冷たさの奥に、小さな後悔がじわりと広がった。
(……このまま終わっていいのか?)
気づいたら、ぼくはゆっくりと3組のほうへ歩き出していた。
せめて、「ありがとう」だけでも伝えたかった。
せめて、最後にもう一度だけ話したかった。
横に歩けば届く距離。
その距離を、今度こそ埋めようとした。
☆☆☆
3組の輪の中で笑いながら、私はずっと胸の奥がざわついていた。
(……今日こそ言わなきゃ。)
嫌われてもいい。
迷惑でもいい。
ただ、この気持ちだけは伝えたかった。
ナオがゆっくり近づいてくるのに気づいた瞬間、私の心臓が跳ねた。
(来てくれた……)
そう思った。
「おーい、香織!ちょっと来て!」
その時私の名前を呼ぶ声がした。
振り返ると、小学校からずっと一緒にいる幼馴染の男子が立っていた。
真剣な顔だった。
「卒業式だから……今日、どうしても言いたいことがある。」
私は思わず、歩いて向かってくるナオの方を見る。
「あのさ、ずっと言いたい事があって。」
小学校からのクラスメイトで、中学に入ってからもずっと同じクラスになってた幼馴染の男子が私を強引にクラスの輪から連れ出した。
(……なんで今なの?)
ナオのほうを見ると、ナオは立ち止まっていた。
目が合った。
でも、すぐにそらされた。
胸が痛んだ。
☆☆☆
アイツの幼馴染の男子がアイツをクラスの輪から連れ出した。
その姿を見た瞬間、ぼくの足は完全に止まった。
アイツは、何か言いたそうにぼくを見た。
目が合った。
でも、ぼくは全てを悟って目を逸らした。
あの男子が話し始めた時、アイツは驚いた顔をしていた。
でも、男子の言葉に耳を傾けていた。
(……やっぱり、あの二人なんだ)
そして、勝手に納得した。
全てを、勝手に諦めた。
ぼくが伝えようとした言葉は、その場で静かに消えていった。
春の風が吹いた。
アイツの髪が揺れた。
男子の「好きだ」という声が風に乗って聞こえたような気がした。
今までにないよな胸の痛みを感じた。
その痛みは、さっきの“静かな痛み”とは違った。
もっと鋭くて、
もっと深くて、
息が詰まるような痛みだった。
ぼくはゆっくりと背を向けた。
春の風が吹いた。
少し冷たかった。
(……「ありがとう」って伝えられなかったな。)
その言葉が胸の奥に沈んでいくたびに、締め付けられる痛みが、またひとつ深くなった。
校門を出た瞬間、春の光がまぶしかった。
空はやけに青くて、雲がゆっくり流れていた。
こんなに綺麗な空なのに、胸の奥は重く沈んだままだった。
胸の真ん中が、ぎゅっと締め付けられるように痛い。
あの男子がアイツの前に立った瞬間の光景が、何度も頭の中で繰り返された。
笑っていたアイツ。
驚いた顔のアイツ。
そして、ぼくを見て、一瞬何か言いたそうな顔をしていたアイツ。
その全部が胸に刺さった。
(……もう、言えないな。)
そう思ったら、胸の奥がさらに深く沈んだ。
春の太陽は高くて、ぼくの影は短く足元に落ちていた。
その影を見つめながら、ぼくはゆっくり歩いた。
歩くたびに、胸の痛みがじわりと広がっていく感じがした。
(これで、本当に終わりなんだ)
その言葉が心の中に沈むたびに、息が少しだけ苦しくなった。
家までの道は、いつもより静かだった。
春を迎える街並みは、どこかパステルカラーみたいに光り輝いていたけど、
ぼくの世界だけが少し色を失っていた。
☆☆☆
幼馴染の男子に呼び止められた瞬間、胸がざわついた。
「今日、どうしても言いたいことがある。」
その言葉を聞きながら、私はナオのほうを見た。
ナオは立ち止まっていた。
目が合った。
でも、すぐにそらされた。
その瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられた。
幼馴染の告白の言葉は、ほとんど耳に入ってこなかった。
ただ、ナオが背を向けて歩き出す姿だけが、昼前の光の中で揺れて見えた。
告白が終わったあと、私は「ごめんなさい。」小さく頭を下げて、その場を離れた。
急いでナオの姿を探す。
でも、ナオの姿はどこにもなかった。
校庭にたくさんいた卒業生達はそれぞれの帰路につき、それぞれの道を進む。
校舎の白い壁が、春の光を反射して眩しかった。
歩き出した瞬間、涙がひとつ落ちた。
(……もう、会えなくなる)
(もう、話せなくなる)
その現実が胸に押し寄せて、足が震えた。
春の光が涙で滲んで揺れた。
(嫌われてもいい。迷惑でもいい。それでも……伝えたかったのに)
その想いだけが胸に残った。
家までの道は、いつもより遠く感じた。
春風が吹いた。
お昼前だと言うのに、少し冷たかった。
———同じ時間、同じ空の下、同じ昼前の光の中を歩いているのに、
二人の心は、もうどうしようもないほど離れていた。
どちらも、相手を想っていたのに。
どちらも、伝えたかったのに。
どちらも、一歩届かなかった。
その“すれ違い”だけが、静かに春の光の中に残った。




