真っ直ぐな思い
玄関を出て、
夜風に当たった瞬間、
ぼくはふっと息をついた。
(……なんだろう、この感じ)
胸の奥が、きゅんと温かい。
愛華ちゃんの笑顔。
アイツの柔らかい声。
あの家の空気。
全部が、静かに心に残っていた。
(……また行きたいな)
自分でも驚くほど自然に、そんな言葉が浮かんだ。
☆☆☆
布団に入った愛華が、眠そうな目で私を見上げる。
「ねぇママ……」
「ん?どうした?」
「ナオさん……またくる?」
胸がきゅっとなる。
「うん。来てくれるよ。愛華があんなに喜んでたんやもん」
「……じゃあさ」
愛華は小さな声で続けた。
「ナオさん……愛華のパパにならないかなぁ〜」
その言葉は、
あまりにも無邪気で、
あまりにも真っ直ぐで。
私は一瞬、息が止まった。
「……そんな簡単には、ならんよ」
そう言いながら、声が少し震えているのが自分でも分かった。
「でもね、愛華。ナオさんは優しい人やけん。また遊んでくれるよ」
「うん……」
愛華は安心したように目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。
愛華が眠ったあと、私は一人でリビングに戻った。
数時間前まで三人で座っていたテーブル。
空になったケーキの箱。
ナオが座っていた椅子。
全部が、まだ温かい気がした。
(……ナオさん、パパにならないかなぁ〜)
愛華の無邪気な声が、
何度も胸の中で響く。
私はソファに座り、
両手で顔を覆った。
(……だめやって……彼以外の人を……)
心の奥に、ずっと鍵をかけていた場所がある。
そこに触れるのが怖くて、
ずっと避けてきた。
でも――
今日、ナオが遺影に手を合わせた時。
愛華を優しく抱きしめた時。
この家の空気に溶け込んでいた時。
胸の奥の鍵が、
そっと開いた気がした。
(……もう一度、誰かを好きになっても……許されるんやろか)
答えはまだ出ない。
でも、
ナオの横顔を思い出すと、胸の中の鍵をかけていた場所が静かに温かくなる。
その温度だけは、もう誤魔化せなかった。




