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気付く想い

アイツが、ケーキを食べる為に準備を始めた時、部屋の隅に飾られた遺影が目に入った。




優しそうな笑顔の男性。


写真越しでも、家族を大切にしていた人だと分かる。



(……やっぱりこの人が、旦那さんか)



病院の廊下で挨拶した、あの紳士的な先生の姿がふっと蘇る。



ぼくは自然と愛華ちゃんをそっと床に下ろした。



「ちょっと……その前に」



アイツが驚いたようにこちらを見る。



ぼくは遺影の前に立ち、静かに手を合わせた。



(……お邪魔します。大切な家族の時間を、少しだけ分けさせてもらいます)



目を閉じて頭を下げると、


横でアイツが小さく息を呑んだのが分かった。



☆☆☆



ナオが遺影に手を合わせた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。



(……なんで……こんなに優しいと?)



私は、そっと口を開いた。



「……旦那、ね。生前に一度だけ、コンサルの人と挨拶したって言ってて……


それが、ナオやったんよ」



ナオはゆっくり顔を上げ、


遺影を見たまま静かに言った。



「うん。ぼくも分かってた」



その言葉に、胸の奥が大きく揺れた。




「……じゃあ……ナオは、最初から……?」



ナオは小さくうなずいた。



「知ってたよ。でも……香織が自分で話すまで、ぼくから言うことじゃないと思った」



その瞬間、涙がこぼれそうになった。




(……そっか……


 この人は……


 全部知ってて……


 それでも、何も言わずに……


 ずっと、そっと見守ってくれてたんだ)




深く、


静かに、


“今の私”に寄り添う温度。



胸の奥で、何かがそっと芽を出した。



ナオの横顔が、


優しくて、


まっすぐで、


どうしようもなく温かかった。



ナオが遺影に手を合わせ、


私の胸に静かな波が広がったあと――



空気をふっと変えるように、愛華が元気いっぱいに声を上げた。



「ケーキたべよー!!」



その声に救われるように、私は小さく笑って言う。



「ほら、ナオ。座って。愛華、どこ座る?」



「ここー!!」



愛華は迷いなく、ナオの隣の椅子を指さした。



「えっ、そこなん?」



私は思わず笑う。



「うん!ナオさんのとなり!」



ナオは少し驚いた顔をしたが、


すぐに優しく笑って席に着いた。



(……ほんとに懐いてるな)



私はその光景を見て、胸が温かくなる。



ナオが箱を開けると、中には小さなケーキがいくつも並んでいた。



いちごのショートケーキ


チョコレートケーキ


チーズケーキ


モンブラン



色とりどりで、見ているだけで楽しい。



「わぁ……いろいろある……」



私は思わず声を漏らす。



「クライアントさんが“詰め合わせでどうぞ”ってくれてさ。ぼく一人じゃ食べきれなくて」



ナオは照れたように笑う。



愛華は箱に顔を近づけて、目をキラキラさせながら叫んだ。



「これー!!チョコー!!」



「やっぱりチョコなんやね」



ナオが笑う。



(…久々に、ナオが方言話してるの聞いたな…)




ふと、そんな事を思う。



「ナオさんはどれたべる?」



「ぼくは……イチゴのショートケーキかな」



「じゃあ、これナオさんの!」



愛華がショートケーキをナオの皿に置く。



(……完全に“家族のやり取り”やん)



私はその光景を見て、胸がまた静かに温かくなる。



「いただきまーす!」



愛華が元気よくフォークを入れる。



ナオもショートケーキを一口食べ、ふっと優しい顔になった。



「……おいしいね」



「でしょー!!」



愛華が満面の笑みで返す。



そのやり取りがあまりにも自然で、私は思わず見とれてしまった。



(……なんでこんなに自然なんやろ)



ナオの横顔は穏やかで、


愛華の笑顔は眩しくて、


その二人を見ているだけで、亡き夫がいたら・・・と思って涙が出そうになる。



「ナオさん、これもたべて!」



愛華が自分のチョコケーキをナオの口元に差し出した。



「えっ、いいの?」



「うん!あーん!」



ナオは少し照れながらも、愛華のあーんをパクリ。



「……あ、ほんとだ。おいしい」



「でしょー!!」



愛華は嬉しそうにナオの腕にしがみついた。



(……この子がこんなに嬉しそうにするなんて。)


私は胸の奥がじんわり温かくなると同時に、少しだけ切なくなった。



(……彼にも、こうやって甘えてたな……)



でも、その切なさはすぐに別の温度に変わる。



ナオの腕にしがみつく愛華を、優しく受け止めるナオの姿。



その横顔が、どうしようもなく温かかった。



「ごちそうさまでしたー!!」



愛華が満足そうにお腹をさする。



「いっぱい食べたねぇ」



私が笑うと、ナオも優しく頷いた。



「愛華ちゃん、元気になってよかった」



「うんっ!!」



その言葉に、香織の胸がまた静かに揺れた。



(……この人は、ほんとに……)



ケーキを食べ終わってからもしばらく、ナオは愛華と遊んでくれた。



「じゃあ、そろそろ……」



ナオが立ち上がると、愛華がすぐに抱きついた。



「やだ!!かえっちゃやだ!!」



「えっ……」



ナオが戸惑って私を見る。



私は苦笑しながらも、胸がぎゅっとなるのを感じた。



(……愛華は愛華なりに、パパがいなくて寂しいのをずっと我慢してたのかな。)



そう思うと、涙が出そうになった。



「愛華、また今度来てもらお?」



「ほんとに?またくる?」



愛華が涙(・)目(・)でナオを見上げる。



ナオは少し驚いたあと、優しく笑った。



「うん。必ずまた来るよ。ケーキじゃなくても、遊びに来る」



「やったぁ!!」



愛華がナオの首にぎゅっと抱きつく。



その光景を見て、胸に去来する想い。



(……だめ……


 こんなん……


 ほんとに、だめ……


 好きに……)



でも、その“だめ”はもう止められなかった。


ナオが玄関で靴を履く姿を見ながら、私は心の中でそっと思った。



(……また来てほしい


 愛華のため……


 そして、私のため…‥)



その願いは、もう隠せるものじゃなかった。

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