愛華とケーキ
シャワーを浴びて、ソファに座る。
スマホを手に取る。今日交換したばかりの“香織”の名前が画面にある。
(……送ってみてもいいよな)
迷った末に、短いメッセージを送った。
『今日は会えてよかった。愛華ちゃん、無理させないようにね』
送信した瞬間、何故かドキドキしている自分がいる。
数分後、画面が光った。
『ありがとう。今日はゆっくり休めそう』
その言葉だけで、今日一日の疲れが全部消えた気がした。
☆☆☆
ある日曜の昼下がり。
愛華の熱もすっかり下がり、久しぶりに近くの公園へ散歩に出た。
ベンチに座って、砂場で遊ぶ愛華を見守る。
(……元気になってよかった)
そう思った時、スマホが震えた。
“ナオ”からのLINE。
(……久しぶりだな)
開くと、短いメッセージ。
『愛華ちゃんって、ケーキ食べる?』
思わず「え?」と声が漏れた。
続けてメッセージが届く。
『クライアントからお礼で大量にもらってさ。一人じゃ食べきれないから、協力してほしい』
ナオらしい。
押しつけがましくなくて、
でも優しい。
私は愛華を呼んだ。
「愛華、ケーキ食べる?」
「たべるーっ!!」
元気いっぱいの返事に、思わず笑ってしまう。
(……じゃあ、行こっか)
ナオに返信した。
『食べるって言ってる。今、公園にいるよ』
すぐに返事が来た。
『じゃあ、持っていく』
ナオからLINEが届いた瞬間、
私は思わず吹き出した。
(いやいや……外でケーキは無いやろ)
すぐに返信した。
『外じゃケーキは食べられんやろ(笑)ウチ来て。待ってるから。今、住所送るね』
送信してから、少しだけ胸がドキッとした。
(……ナオが家に来る‥‥)
でも、愛華が嬉しそうに砂場から走ってくる。
「ママ!ケーキくるの~??」
「うん。ナオさんが持ってきてくれるって」
「ナオさん??」
「そう。愛華の保育園にお迎えに来てくれた人。」
「わー!あのやさしいひとだー!やったー!!」
その笑顔を見たら、迷いなんて全部消えた。
(……いいよね。愛華が喜ぶなら)
私は愛華を連れ、家に戻った。
★★★
日曜の昼下がり。
クライアントからの仕事が一区切りついて、お礼にとケーキを大量にもらった。
(……こんなに食べられないよな)
冷蔵庫を開けて、ケーキがたくさん入った箱が冷蔵庫を占領しているのを見て苦笑した。
ふと、アイツと愛華ちゃんの顔が浮かんだ。
(……今日は日曜だから、アイツ休みだよな。
愛華ちゃん、ケーキ好きかな?)
気づいたら、スマホを手に取っていた。
『愛華ちゃんって、ケーキ食べる?』
送ってから、少しだけ胸がざわついた。
(……変じゃないよな。ただの“おすそ分け”だし)
そう自分に言い聞かせていると、すぐに返信が来た。
『食べるって言ってる。今、公園にいるよ』
(公園か……じゃあ、持っていけばいいか)
軽い気持ちで返した。
『じゃあ、持っていく』
その直後だった。
『外じゃケーキは食べれんやろ(笑)ウチ来て。待ってるから。今、住所送るね』
画面を見た瞬間、心臓が一拍、強く跳ねた。
(……家?アイツの家に……?)
思わず背筋が伸びた。
ケーキの箱を見つめながら、
深呼吸をひとつ。
(いや、落ち着け。ただケーキを渡すだけだ)
そう思おうとしても、緊張が襲ってくる。
アイツと旦那さんの家。
愛華ちゃんと過ごしている家。
二人の日常。
そこに自分が足を踏み入れることになるなんて、想像していなかった。
(……でも、嬉しいな)
気づいたら、小さく笑っていた。
スマホに届いた住所を確認し、ケーキの箱を丁寧に持ち直す。
(よし……行こう)
玄関を出る時、
ほんの少しだけ手が震えていた。
—————
住所を頼りに歩いていくと、
静かな住宅街の一角に、アイツの家が見えてきた。
(……ここが、アイツの家か)
胸の奥がじんわり熱くなる。
ケーキの箱を持つ手に、少し力が入った。
インターホンを押す。
心拍が、さっきより速い。
「はーい!」
中から聞こえる香織の声。
その声だけで、胸が少し軽くなる。
ドアが開いた瞬間――
「ナオさーん!!」
小さな影が勢いよく飛び出してきた。
「うわっ……!」
愛華ちゃんが、全力でぼくの腰に抱きついてきた。
衝撃で危うくケーキの箱を落としそうになり、慌てる。
(……え?そんなに……?)
驚きで固まっていると、アイツも目を丸くしていた。
「ちょっ……愛華!?そんな……」
アイツの声には、“信じられない”という色が混じっていた。
(……そうか。愛華ちゃん、普段はこんなふうにしないのか)
ぼくはそっと片手で愛華ちゃんを抱き上げた。
軽い。
そして、あったかい。
「愛華ちゃん、ケーキ、好きなんだよね?」
「うんっ!!」
その笑顔に、胸がきゅっとなる。
☆☆☆
ナオが愛華を抱き上げた瞬間、胸の奥がざわっと揺れた。
(……なんで……こんなに自然に抱っこできるん?)
愛華は、夫以外の男性にこんなふうに飛びついたことなんて一度もない。
しかも、ナオとは一回しか会っていないのに。
そして――
ナオが片手で愛華を抱き上げた姿が、
一瞬、亡き夫と重なった。
(……似てる……)
優しい腕の使い方。
安心させるような表情。
全部が、胸の奥にしまっていた記憶をそっと揺らした。
私の心が、じんわりと熱くなる。
(……なんで……こんな気持ちになるんやろ)
ナオは、ただケーキを持って来てくれただけ。
ただ、愛華を抱っこしただけ。
なのに――心が、静かに動き始めていた。
★★★
愛華ちゃんを抱っこしたまま、玄関の中にそっと足を踏み入れた。
(……渡したらすぐ帰るつもりだったんだけどな)
ケーキの箱を持つ手が、なんだか妙に汗ばんでいる。
「ナオ、どうぞ上がって」
アイツが自然に言う。
(……え?上がる?いやいや、渡すだけで……)
「じゃあ、ケーキ、テーブルに置いて。愛華はチョコケーキかな?ナオは何が良い?」
(……え?一緒に……?)
ぼくの頭の中で、
“渡すだけ”という予定が音を立てて崩れた。
「ナオさん、どれ食べる?」
愛華ちゃんが、ぼくに抱っこされたままケーキの箱を覗き込む。
(……あ、これ……完全に“食べる流れ”だ)
ぼくは小さく咳払いした。
「えっと……あの……ぼく、渡すだけのつもりで……」
アイツと愛華が同時にこちらを見る。
「え?食べていかんと?」
「いっしょにたべよーよ!」
(‥‥さすが親子。息ピッタリな事で‥‥)
(……断れるわけないよな)
ぼくは観念したように笑った。
「……じゃあ、少しだけ」
その瞬間、愛華ちゃんが「やったー!」と叫んで、ぼくの首にぎゅっと抱きついた。
(……ああ、もう無理だ。この子には勝てない)
☆☆☆
ナオが「渡すだけのつもりで……」と言った瞬間、思わず吹き出しそうになった。
(……この人、昔と変わらず、ほんとに真面目やな)
愛華はすでに“ナオと一緒に食べる気満々”で、ナオの首にしがみついている。
「いっしょにたべよーよ!」
その無邪気さに、ナオは完全に降参した顔をしていた。
(……かわいいな、この人)
気づいたら、胸の奥がふっと温かくなっていた。
亡き夫と重なったさっきの瞬間とは違う。
もっと軽くて、もっと柔らかい温度。
(……こういう時間、久しぶりやな)
愛華が嬉しそうにナオの首に抱き着いているのを見て、私は自然に笑っていた。




