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父からの着信

(……すごく近かった……)



ほんの一瞬だったのに、ナオの手の温度がまだ肘に残っている気がした。



ナオはすぐに手を離して、何事もなかったように動線の説明を続けていた。



その“自然さ”が逆に胸に刺さる。



(……どうして、この人はこんなに暖かいんだろう……


 どうして、こんなに落ち着いてるんだろう……)



胸の奥がざわつく。



夫を失ってもうすぐ1年が経とうとしている。


でも、心の奥の空洞はまだ埋まっていない。


ううん。きっと、この先埋まる事はないだろう。



なのに――


ナオの温かさが、


静かにその空洞に触れてくる。



(……やめて。触れないで……)



その“揺れ”が、葛藤の始まりだった。



————



午後の外来が終わり、休憩室に戻って水を一口飲んだときだった。



テーブルに置きっぱなしにしていたスマホの画面に、見慣れない通知が残っている。



「父」


不在着信 1件



(……え……?お父さん……?なんで……?)



胸がざわつく。



父は滅多に電話をしてこない。


家の連絡はいつも母。


父からの着信なんて、何年ぶりだろう。



(……愛華……?何かあった……?)



指先が冷たくなる。



その瞬間――



PHSがけたたましく鳴った。



急患コール。



(……今……?なんで今なの……)



胸が締めつけられるような不安を抱えたまま、私はスマホを掴んで休憩室を飛び出した。



☆☆☆



午後の会議資料を取りに休憩室へ戻ると、中でアイツが焦(・)っ(・)た(・)様(・)子(・)でソファの周りを探していた。



白衣のポケットを何度も確認し、


バッグの中身をひっくり返し、


落ち着かない動き。



(……どうしたんだろう)



声をかけるべきか迷うほど、


ただならぬ気配だった。



☆☆☆



急患対応が終わり、ようやく休憩室に戻ってきた。



(……父に……電話しなきゃ……)



そう思い、自分のポケットに入れたスマホを探す。



……ない。



バッグにも、白衣のポケットにも、


テーブルにも、床にも。



(……え……?さっき……確かにここに……)



焦りで呼吸が浅くなる。



そのとき、休憩室の入口から声がした。



「先生……どうしました?」



ナオだった。



「……父から……着信があって……


 普段、絶対に電話なんてしてこないのに……


 外来中はスマホ持ち歩けないから……


 愛華のことかもしれなくて……」



ナオは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに落ち着いた声で言った。



「僕のスマホ、使ってください。先生の番号、鳴らしてみましょう」



差し出されたスマホ。


迷う余裕なんてなかった。



自分の番号を押すと、


休憩室のソファの隙間から、


かすかなバイブ音が響いた。



「あ……!」



スマホを拾い上げ、


震える指で父に折り返す。



「もしもし、お父さん!?愛華に何かあった?……大丈夫……?」



『ああ、ごめんな仕事中に。愛華の事じゃないんだ。お母さんが風邪ひいたから、


 今日は愛華を連れて来ない方がいいって言おうと思ってな』



その瞬間、膝から力が抜けた。



「……うん。分かった。……愛華に何かあったのかと思った。本当に……よかった……」



電話を切ると、ナオが何を聞くわけでも無く、静かに言った。



「普段かかってこない相手からの着信って……余計に不安になりますよね」



その一言で、胸の奥がまた揺れた。



「……うん。ありがとう。本当に……助かった」



ナオは「気にしないでください」とだけ言って、休憩室の扉へ向かって歩き出した。



その背中を見送りながら、


ふと気づく。




(……あ……着信……)



ナオのスマホに残った、


“自分の番号”。


私のスマホに残った、


“ナオの番号”。



(……私……ナオの番号……知っちゃったんだ……)



胸の奥が、またざわつく。



普段絶対にかかってこない父からの着信で、


心が乱れた。


その乱れた心を、


ナオが静かに支えてしまった。


ただ、その事実だけが残った。

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