相談
その日のミーティングは、外来の混雑状況の話題で少し荒れ気味だった。
医師たちは次の診察に戻るために早足で会議室を出ていく。
白衣が揺れ、電子カルテの通知音が廊下から漏れ聞こえる。
ぼくはホワイトボードに残ったメモをスマホで撮影しながら、今日の議論のポイントを頭の中で整理していた。
その時だった。
「……あの」
背後から控えめな声。
振り返ると、アイツがまだ席に残っていた。
白衣の袖を指先で軽くつまんで、視線は資料に落ちたまま、でも、何か言いたげにしていた。
「どうしました?」
ぼくが声をかけると、アイツは一瞬だけ目を上げて、すぐに伏せた。
「……外来の動線の件で、少し相談があって」
「外来の導線ですか?何が気になってます?」
アイツは資料を胸の前で抱え直し、少しだけ声を落とした。
「最近、午前の外来が特に混んでいて……看護師さんたちが患者さんを誘導しきれなくて。診察室前の廊下が詰まってしまうんです」
ぼくは頷きながら聞く。
確かに、外来の廊下は狭い。
車椅子の患者が来ればすぐに動線が止まる。
看護師は呼び込みや診察前の問診、診察後の検査案内等で手一杯。
医師は診察の合間に紹介状作成やカルテ作成等に追われる。
その光景が、頭の中に鮮明に浮かぶ。
「先生の感覚、すごく大事です。よければ、外来の動きを一緒に見に行きませんか?」
アイツは驚いたように瞬きをした。
「……いいんですか?コンサルの方って、あまり現場に来ないイメージで……」
「ぼくは現場を見ないと判断できないタイプなんです。先生が気になっているところ、教えてください。先生と一緒に考えたいです」
その瞬間、アイツの表情がほんのわずかに緩んだ。
「……じゃあ、外来の動線、見てもらえますか?……本当に助かります。正直、ずっと気になってたんですけど……誰に言えばいいのか分からなくて」
その声には、疲れと責任と、少しの安堵が混ざっていた。
☆☆☆
外来の廊下は、毎朝戦場みたいだった。
車椅子の患者。
付き添いの家族。
採血や検査に向かう人。
検査から戻る人。
看護師の呼び込みの声。
その全部が、自分の肩にのしかかってくるような感覚。
(……誰かに相談したかった……
でも、誰に言えばいいのか分からなかった……)
そんな時に、ナオの言葉は静かに胸に触れた。
「先生と一緒に考えたいです」
その一言が、思っていた以上に心に響いた。
(……変わったな……改めてそう思う)
「……じゃあ、外来の動線、見てもらえますか」
自然に言葉が出た自分に驚いた。
ナオは静かに頷いた。
「はい。先生の視点を大事にしたいです」
その言葉に、胸の奥の空洞が少しだけ温かくなった。
☆☆☆
アイツが資料を抱えて会議室を出ていく。
会議室の外からは、ガヤガヤと話し声が聞こえる。
その喧騒の中で、白衣の背中が以前より少しだけ軽く見えた。




