お互いの距離
数回のミーティングを重ねるうちに、アイツとの距離は、ほんの少しだけ変わっていた。
最初の頃のような張りつめた空気は薄れ、必要な時には自然に言葉が交わせるようになっていた。
ある日の会議後、
資料をまとめていると、
アイツが隣でペンを置いた。
「……今日の議論、まとまりましたね」
以前より、少しだけ柔らかい声だった。
「そうですね。先生のおかげで方向性が見えました」
ぼくがそう言うと、
アイツは一瞬だけ目を伏せて、
小さく息をついた。
「いえ……。最近、現場がバタバタしてて……ちゃんと意見をまとめられてるか不安で」
その言葉に、ぼくの胸がわずかに揺れた。
半年間、
会釈しか交わせなかったアイツが、
初めて“弱さ”を見せた瞬間だった。
「先生の意見は、現場の声としてすごく助かってます。
無理は……しないでくださいね」
言葉を選びながら、
ゆっくりと伝える。
アイツは驚いたようにぼくを見て、
すぐに視線をそらした。
「……ありがとうございます」
その声は、ほんの少しだけ震えていた。
☆☆☆
(……どうして、こんなふうに優しく言えるんだろう……)
ナオの言葉が胸に残っていた。
半年間、会釈だけでやり過ごしてきた相手。
距離を置いていたのは、自分の心がまだ整っていなかったから。
夫を失って八か月。
日常は戻りつつあるのに、心の奥の空洞は埋まらないままだった。
そんな中で、
ナオの言葉は、
静かに、でも確かに胸に触れた。
(……変わったな……でも、変わってないところもある……)
昔のまっすぐさ。
今の落ち着き。
その両方が、
今の自分には少し眩しかった。
「……ありがとうございます」
そう言うのが精一杯だった。
でも、その一言を口にした瞬間、胸の奥の空洞がほんの少しだけ緩んだ気がした。
☆☆☆
会議室を出る前、アイツがふと立ち止まった。
「……あの、また次回もよろしくお願いします」
その言葉は“仕事として”のものだった。
でも、半年間の沈黙を思えば、それは大きな一歩だった。
「こちらこそ。先生も色々大変だと思いますけど、宜しくお願いします」
アイツは小さく会釈して、白衣の背中を揺らしながら廊下へ消えていった。




