戸惑い
結局、お婆ちゃんは出掛けていて愛華のお迎えに行く事が出来なかった為、私が勤務調整して早退する事になった。
でも、病院の駐車場に向かう足取りは、自分のものじゃないみたいにふらついていた。
さっきまでの会話が、頭の中で何度も反芻される。
(……ナオ……)
名前を呼んだ瞬間、胸の奥が懐かしさで熱くなった。
驚き。
戸惑い。
そして――
すっかり忘れていた昔の感情。
車に乗り込み、ドアを閉めた途端、
外の世界の音がすべて遮断された。
静寂の中で、自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえる。
ハンドルに手を置いたまま、ふと視界が滲んだ。
(……なんで……今……?)
ナオの顔が浮かぶ。
14年前のあの夏の日の笑顔。
駅で名前を呼ばれた時の表情。
視聴覚教室の光。
全部思い出した。
(……凄く大人になってたな……)
でも、同時に彼の顔も思い浮かぶ。
愛華が生まれる前、彼が笑いながら話してくれた
コンサルの “爽やかな人”がナオだったなんて。
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
(……ごめん……)
誰に向けた言葉なのか分からなかった。
ナオにか。
失ってしまった彼にか。
それとも、自分自身にか。
気づいたら、涙が頬を伝っていた。
声を上げて泣くことはできなかった。
ただ静かに、こぼれるように涙が落ちた。
ハンドルに落ちた涙の跡が、ぼんやりと滲んで見えた。
(……泣いてる場合じゃない。しっかりしなきゃ……)
ただ、今はあの人の分まで頑張らなきゃという思いが私を占める。
私は、娘が待つ保育園までの道を急いだ。




