↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/90

再スタート

病院案件が一時中断になってから、約2年が経っていた。




資料だけが積み上がり、メールのフォルダには「再開未定」の文字が並んでいた。



(……まぁ、こういうこともある)



そう思いながら、ぼくは別の案件を淡々とこなしていた。



忙しいのに、どこか空白があるような日々。



恋愛の気配は相変わらずなく、


休日は洗濯と掃除と、


コンビニの弁当で終わっていく。




そんなある日の午後だった。



スマートフォンが震えた。



病院の担当者からだった。




「……もしもし、東総合病院の進藤です。中断していたプロジェクトですが、再開の目処が立ちまして……一度、打ち合わせをお願いできますか?」




一瞬、胸の奥がわずかに動いた。



(……やっと、動くのか)



長く止まっていた歯車が、ゆっくりと回り始めるような感覚。



「はい。もちろん伺います。日程を調整させてください」



電話を切ったあと、ぼくはデスクに置いた資料を見つめた。




中断前に作った計画書。


現場の意見をまとめたメモ。


改善案のドラフト。




全部、“途中で止まったまま”だった。



これが、この支店でやる最後の仕事かもしれない。



(……よし。やるか)



ぼくは椅子に深く座り直し、パソコンを開いた。



画面の光が、少しだけ眩しく感じた。




プロジェクト再開の知らせは、ぼくの生活に大きな変化をもたらしたわけではない。



相変わらず、


朝はコーヒーだけで済ませ、


夜はコンビニの明かりを見ながら帰る。



でも――


心のどこかで、


“何かが動き出した”という感覚だけはあった。



(……ちゃんとやらないとな)



誰に言うでもなく、ぼくは小さく呟いた。



★★



久しぶりに訪れた病院は、2年前と同じ外観なのに、どこか違って見えた。



受付で名前を告げ、担当者が来るのを待ちながら、


ふと2年前のことを思い出した。



(そういえば……あの時、廊下で挨拶した先生……)



あの時は軽く会釈しただけだった。


白衣の似合う、落ち着いた雰囲気の医師。



担当者が来て、会議室へ向かう途中、ぼくは何気なく聞いた。



「そういえば……以前こちらに伺った時に挨拶した先生、お元気にされてますか?」



担当者は一瞬だけ歩みを止めた。



その“わずかな間”で、


ぼくは何かを察した。



「……あぁ、松原先生のことですね。実は……少し前に急逝されまして」



ぼくは思わず立ち止まった。



「……急逝?」



「はい。突然のことで……院内でも大きな衝撃でした」



ぼくは言葉を失った。




あの時、廊下ですれ違っただけの人。


でも、その“たった一度の挨拶”が、今になって胸の奥に重く沈んだ。



(……そうだったのか)



担当者は静かに続けた。



「実はその先生の奥様も、当院のドクターでして・・・今は時短なんですが、本格復帰を準備されているようです」



「そうなんですか・・・私と同年代位の先生だったと記憶していますが、それは残念です・・・」



ぼくは胸の奥に小さな痛みのようなものを感じた。



理由は分からない。


ただ、“誰かの人生が大きく変わった”という事(・)実(・)だけが、


静かに響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。