再スタート
病院案件が一時中断になってから、約2年が経っていた。
資料だけが積み上がり、メールのフォルダには「再開未定」の文字が並んでいた。
(……まぁ、こういうこともある)
そう思いながら、ぼくは別の案件を淡々とこなしていた。
忙しいのに、どこか空白があるような日々。
恋愛の気配は相変わらずなく、
休日は洗濯と掃除と、
コンビニの弁当で終わっていく。
そんなある日の午後だった。
スマートフォンが震えた。
病院の担当者からだった。
「……もしもし、東総合病院の進藤です。中断していたプロジェクトですが、再開の目処が立ちまして……一度、打ち合わせをお願いできますか?」
一瞬、胸の奥がわずかに動いた。
(……やっと、動くのか)
長く止まっていた歯車が、ゆっくりと回り始めるような感覚。
「はい。もちろん伺います。日程を調整させてください」
電話を切ったあと、ぼくはデスクに置いた資料を見つめた。
中断前に作った計画書。
現場の意見をまとめたメモ。
改善案のドラフト。
全部、“途中で止まったまま”だった。
これが、この支店でやる最後の仕事かもしれない。
(……よし。やるか)
ぼくは椅子に深く座り直し、パソコンを開いた。
画面の光が、少しだけ眩しく感じた。
プロジェクト再開の知らせは、ぼくの生活に大きな変化をもたらしたわけではない。
相変わらず、
朝はコーヒーだけで済ませ、
夜はコンビニの明かりを見ながら帰る。
でも――
心のどこかで、
“何かが動き出した”という感覚だけはあった。
(……ちゃんとやらないとな)
誰に言うでもなく、ぼくは小さく呟いた。
★★
久しぶりに訪れた病院は、2年前と同じ外観なのに、どこか違って見えた。
受付で名前を告げ、担当者が来るのを待ちながら、
ふと2年前のことを思い出した。
(そういえば……あの時、廊下で挨拶した先生……)
あの時は軽く会釈しただけだった。
白衣の似合う、落ち着いた雰囲気の医師。
担当者が来て、会議室へ向かう途中、ぼくは何気なく聞いた。
「そういえば……以前こちらに伺った時に挨拶した先生、お元気にされてますか?」
担当者は一瞬だけ歩みを止めた。
その“わずかな間”で、
ぼくは何かを察した。
「……あぁ、松原先生のことですね。実は……少し前に急逝されまして」
ぼくは思わず立ち止まった。
「……急逝?」
「はい。突然のことで……院内でも大きな衝撃でした」
ぼくは言葉を失った。
あの時、廊下ですれ違っただけの人。
でも、その“たった一度の挨拶”が、今になって胸の奥に重く沈んだ。
(……そうだったのか)
担当者は静かに続けた。
「実はその先生の奥様も、当院のドクターでして・・・今は時短なんですが、本格復帰を準備されているようです」
「そうなんですか・・・私と同年代位の先生だったと記憶していますが、それは残念です・・・」
ぼくは胸の奥に小さな痛みのようなものを感じた。
理由は分からない。
ただ、“誰かの人生が大きく変わった”という事実だけが、
静かに響いた。




