それぞれの帰郷
春の午後。
新幹線のホームに立つと、風が少しだけ暖かかった。
(……地元に帰るの、久しぶりだな)
彼の隣に立つ自分が、少しだけ不思議に感じた。
プロポーズを受けてから数日。
まだ胸の奥がふわふわしている。
「緊張してる?」
私は彼に敢えて聞いてみた。
「……ちょっとだけ」
そう言って笑いながら、私は自分の指輪をそっと触った。
新幹線がホームに滑り込み、
二人は並んで乗り込んだ。
☆☆☆
転勤の荷物をまとめて、
引っ越しのトラックを見送ったあと、
ぼくは、スーツケースを引きながら駅へ向かった。
スーツケースを引きながら、深く息を吸う。
(……今日から、また始めるんだ)
地元での新しい仕事。
新しい生活。
新しい自分。
ぼくはそんな事を考えながら、自由席の車両に乗り込んだ。
新幹線は静かに走り出した。
★★★
アイツは指定席の窓側。
彼は通路側。
ナオは数両離れた自由席。
同じ方向へ、
同じ速度で、
同じ線路の上を走っている。
でも、互いの存在を知らない。
アイツは彼と未来の話をしていた。
ナオは窓の外の景色を眺めていた。
その景色は、二人にとって同じものだった。
でも、見ている未来はまったく違っていた。
☆☆☆
彼と話しながら、
私はふと窓の外に目を向けた。
(……なんだろう)
胸の奥が、ほんの一瞬だけざわついた。
理由は分からない。
でも、何かが遠くで揺れた気がした。
すぐに彼の声が戻ってきて、その揺れは静かに消えた。
☆☆☆
ぼくは、新幹線の窓に映る自分の顔を見て、ふと思った。
(……なんか、変な感じだな)
胸の奥が、一瞬だけ揺れた。
でも、すぐに消えた。
(……気のせいか)
ぼくは目を閉じて、元での新しい生活のことを考えた。
地元の駅に着いたのは、
ちょうど夕方の光が差し込む時間だった。
春の風がホームを抜けていく。
都会よりも少し暖かくて、でもどこか懐かしい匂いがした。
(……帰ってきたんだな)
新幹線のドアが開くと、たくさんの人が一斉に降りていく。
スーツケースを引く人、
家族連れ、
学生、
仕事帰りの人。
その中に――
ふと、目に入った。
階段を下りていく女性。
横にいる男の人と手を繋いでいる。
横顔が、
一瞬だけ、
アイツに見えた。
(……あれ?)
胸の奥が、
ほんの少しだけ揺れた。
でも、すぐに思い直す。
(……違うな)
ぼくは立ち止まらなかった。
追いかけもしなかった。
ただ、静かに息を吐いた。
(……昔のぼくなら、走ってたな)
アイツを探していた頃の自分が、ふと頭をよぎった。
駅で似た人を見るたびに期待して、
落ち込んで、
また期待して、
また落ち込んで。
そんな日々が、
確かにあった。
(……でも、もういいんだ)
ぼくはスーツケースの取っ手を握り直した。
階段を下りていく“似ている人”の背中は、もうぼくの心を乱さなかった。
(……ドッペルゲンガーだったりして?)
そんなバカな事を思いながら、ぼくは改札へ向かった。
春の風が、ぼくの心にそっと吹き込んだ。
(……新しいアパート、どんなとこだろ?)
ぼくは小さく笑った。
もう、過去を追いかける必要はない。
ここから、新しい自分を始めればいい。
そう思いながら、ぼくは地元の街へ歩き出した。




